表紙 目次 | 「我的漢語」 2018年6月27日 酒器と由来タイトルは"酒器の"ではなく"酒器と"。酉に代表される酒用容器の話。 底の深い酒壺"酉"については「酉陽雑俎」を見ていくなかで取り上げた。 → 段成式:「酉陽雑俎」[唐代の書] [酉+彡香りが立ち上る] ⇒ [氵+酉] = 酒 ということで、酉系列文字についてはすでに一通り眺めた。 → 「酉文字考」[2014年7月8日] ところが、"由”が意味するモノも、"酉"同類の酒壺とされている。素人が考えても、文字のフォームからして似たところがなく、概念が全く違いそうで、面食らう。しかも、"由”は特段珍しい文字とも思えない。にもかかわらずその由来はわかっていないらしい。 実に腑に落ちぬ。 少し見ていこう。 先ず確認しておくべきは、唐代において酒壺を意味する文字が"酉"であると、文字が読める人なら誰でもが知っていた点。酒はすでに一般化しており、受験生が酒びたりだったりした訳だ。 しかし、古代、酒とはそのような扱いではなく、神聖で霊力を呼び寄せるものとされていた。"文化の吹き溜まり"たる日本の風習を眺めればその名残りがよくわかるというもの。 もちろん、それは貴族社会の限定された社会でのみ通用するものであったから、国家解体時には消え去ったり、変質させられたりしたであろう。その結果、用語として残っているのが"酉"ということか。その後、酒はさらに大衆化一途。酒壺や酒瓶という言い方が主流となり、ついには"酉"の原義さえ忘れ去られるといった流れ。 逆に言えば、古代に於いては、酒は特別に命名された凝ったデザインの神聖な壺に入れられていたということでもある。 実際、周時代と目される酒器の名称は以下のように沢山ある。重要祭祀での降臨の儀式に不可欠な道具なのである。酒も特製。 倭国が献上した話まで残っているが、結局のところ当該国家は滅亡の憂き目だから、そうしたごたいそうな儀式は下火になっていったのは間違いあるまい。 【"鬯"賦香の黒黍"秬"酒の祭祀器類】 (この手の祭祀器具は一式揃わないと意味が薄い。プロトタイプはメトロポリタン美術館収蔵品の"柉禁"である。下記は素人が適当に編纂しただけなのでご注意のほど。) ・有肩容器 …觚形は別用途か 尊[=酋+寸(指幅)] 酋[=八+酉] …"八"は酒壺から立ち上る芳香か 寸=廾(両手で持ち上げる) 樽[=木] …木器(後代文字) 罇[=缶] …土器の甕 ・中型壺 …周時天下太平 倭人來獻鬯草[王充[27-97年]:「論衡」異虚篇第一八] 𩰪[=𦥑(両手で持ち上げる)+缶(甕)+冖+鬯+彡(芳香)] 鬱[=木+缶+木+冖+鬯+彡] 鬯[=𠚍+匕] 𩰠[=鬯+疋] 𠚍[=凵+𠂭(香草)] ・香草煮汁を作る鬲鼎(本体+筒状注口+取手+蓋] 盉[=禾+皿] ・ブレンド用水差し 匜[=匚+也] ・柄杓 枓[=木+斗] ・蓋付き杯 觶[=角+單] ・ブレンド酒入蓋付き箱型容器 方彝[=彑+米+糸+廾] ・ブレンド酒入蓋付き甕型容器 罍[=畾+缶(=甕)] ・ブレンド酒入中型壺 卣[=⺊(持手)+囙] ユウ 囙[=田+尸] こうして眺めてみると、"卣"は、酒壺の"酉"とは違って、形を抽象化しただけの文字とはとうてい思えない。しかし、どのような意味があるのかは想像もつかぬ。 (実物の青銅器は鳳凰紋入り。"酉"とは違い、文字から実物の形はとんと想像できぬ。とんでもない凹凸の鰭飾りがついた細工だらけの逸品だからだ。 → [PHOTO]@B.C.11-10C(C)奈良国博 単純な象形文字で表現できるような容器ではないのだ。 𠙴=𥬔[=竹+土+戈]…固液分離用具か. と言っても、文字は古代社会の呪術と儀礼の一角を担っていたから、単純に見えても意味があるかも。そもそも、酒"器"[= 㗊+大]にしても、正しくは、"器"[=哭+吅 or 㗊+犬]。白川静に"口"文字が祭器であるとの指摘をされるまでもなく、犬の供犠臭紛々な文字なのだから。(甲骨文字とは占術で用いるのだから、当たり前かも。非占術の帛書も存在していたと思うが、同一文字だったのか気になるところ。) おそらく、"由”とは一般的なある種のタイプの壺全般を指すのだろう。特定の酒壺を意味しているのではないということ。 そう考えると、"熟して中が油化した瓢箪(簞)の実"の意味から来ているという白川静説はポイントを突いていそう。 𤬡[𤐫+瓜]⇒瓢[=票+瓜] 𤐫[=𦥑(両手で持ち上げる)+囟(遺骸頭)+灭(荼毘)] ⇒㶾[=覀+灭]⇒票[=覀示] …煙になって天へ昇るという信仰(仙遷)を彷彿させる. 瓠[=夸[=大+亏]+瓜)] …中身を刳った瓜。 【周禮・春官・鬯人】 禜門用瓢齎。 【註】瓢,謂瓢蠡也。 蠡[=彖+䖵] …液体を掬う貝殻代替の瓢箪半身道具名か。 ともあれ、"由”は木製箱貯蔵に向かないドロドロ液体を流し出すための貯蔵器だったと思われる。その形は、瓢箪型が標準で、瓢箪の空洞が宇宙という呪術的考えに則して造られた壺が原形だと思う。 ところが、実用性が高まり、一般器具になってしまったのではないか。(呪術文字の𤬡からの変更を余儀なくされ、"瓢"という文字が生まれたのでは。) 由[=中+田] 関連する文字の意味は実によく似た概念だらけ。 宙[宀] …屋根ありの☆が飛出る壺空間 岫[山] くき …鳥等が飛出る山の洞穴 抽[手] ぬきとる …手で引き出す 柚[木] ゆず …汁を絞り出せる果実 油[水] あぶら …押し潰した油糧から流れ出る液体 動物性脂(固体) v.s. 植物性油(液体) 笛[竹] ふえ …竹製の音が流れ出る空洞器具 紬[糸] つむぐ …繭から糸を引き出す 舳[船] へさき …前方に伸び出させた船首部分 袖[衣] そで …衣から手が出る箇所 軸[車] ジク …車輪中心から出ているもの 鼬[鼠] いたち …臭い液体を噴出する小獣 蚰[虫] ユウ …銭串子(草鞋虫) 地面からゴソゴソと登場 迪[辶]⇒廸[廴] すすむ(みち) …位階(職)にありつくということでは。 釉[采] ユウ …うわぐすり(草木灰などからの抽出物) ただ、以下の文字は、本来的には異なるかも知れない。 【凷(塊)⇒由】 届[尸] とどく 【甲⇒由(逆転)】だと 冑[冃(≠月)] かぶと 胄[月=肉] ちすじ …血族子孫が飛出して行くイメージか。 この2字は混用されており紛らわしいことこの上なし。 以下は単純ではなさそうなので検討割愛。 画[一+凵] 黄[龷+八] 寅[宀+一+八] (参照) 「世界大百科事典」平凡社 第2版 (C) 2018 RandDManagement.com |