■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[1h釋詁]■■■
<反訓>という用語がある。
  ニ義相反 而 一字之中兼具其義
  ニ義相反 凡 借聲之字 不必借義
  義有相反 而 実相因

清代の尚古流行時に大いに議論されたらしいが、「爾雅」解釈者が昔から指摘してきたこと。但し、この用語は使用していない。
正式字義に対して、180度反対の字義が公的に官僚機構によって設定されるなど、ありうる筈が無いから、当たり前と思うが、そうは考えない専門家が少なくなかったらしい。驚くべき理屈が大手を振って闊歩していたようだ。
  意義引伸派生語の反義化
  別語義に同一当て字
  単純重畳語の前後を相反意義化

とは言え、<反訓>の存在指摘は読み物としては面白いから、わざわざ否定する人も少ないと思うが。
もちろん、一般人からすれば、単純な話。
  みかけ相反…元字義の分化
  (要するに、元字義がわかっていないだけ。)
日本語学習を通じて実感している筈。例えば、"におう"[…臭気/臭い v.s. 香気/匂い(芳 薫)]や貸借賜受与あたりの言葉には混乱が多い訳で。特に、話言葉としての倭語世界では、<反訓>という発想自体が奇異そのもの。言葉は相対者間のものであり、能動側と受動側の行為は一塊だから、同一の言葉で表現されていてもなんら問題は生じない。これを文字表記すれば、同一語彙で正反対の意味になってしまうが、意味が通じるならそれでOK。言葉とはそういうもの。

ということで、それに該当していそうな箇所を並べてみた。・・・
_亂=治_
乂 亂 靖 神 弗 淈…【治】
      e.g. 眇眇予末小子 其能而亂四方 以敬忌天威?[「周書」 顧命]
縱 縮…【亂】
      e.g. 在其板屋 亂我心曲[「詩經」國風 秦風 小戎]
      五服攸亂[「後漢書」卷八十下 文苑列傳第七十下]
 ≪乙≫:治 乙…治之
 ≪𠬪≫𤔔:治 幺子相亂 𤔔治之
 ≪n.a.≫𢿢 (…煩@「廣韻」)
 ≪糸≫  縮 紊 (紼):亂
 ≪n.a.≫𠮗 𠮓
 ≪言≫  誖 䜌:亂
 ≪吅≫  𤕦:亂
 ≪水≫    :水 出東萊曲城陽丘山 南入海
発祥元は糸が乱れた状態のように見受けられ、混乱状態ではあるものの、糸切措置で使える様にする前段階でもあると考えるのが自然。

_肆…"故 but 今"_
_故…"古 but 今"_
治 肆 古…【故】
故…【今】
 ≪n.a.≫
   ≪心≫:肆
 ≪攴≫:使為之reason
 ≪亼≫:是時modern era
解釈がえらく難しい。と言うか、ここまで書かれるとこじつけで逃れるのも流石にできかねるが、それなりの説明はしておこう。・・・
一般的には治governable≠肆ungovernableなので、そこで驚かされることになるが、肆≒古としても使うようだ。
  天道福善禍淫 降災于夏 以彰厥罪 肆臺小子 將天命明威[「商書」湯誥]
治には、古の書を検討し尽す行為を意味することもあるので、温故知新的に考えるということだろうか。
 釋言
    宨["Silly"]…【肆】
    肆…【力[筋 …象人筋之形]】


前項はそんなところで〆とするしかないが、後項は厄介。

字体も字義も古≒故ancientだから、肆≒故と見るのは前項の姿勢は当然だが、さらに、故≒今とされてしまうと愕然感。今≒古とすると、流石に常識的感性を刺激するので、記載に配慮してはいそうだが。どうも、肆≒故と思しき用例があるらしい。
  肆不殄厥慍 亦不隕厥問[「詩經」大雅 緜]

反訓論者にとっては、重要な検討対象だろうが、素人からすれば、先ずはカテゴリー的な規定検討が必要ではないかという気がする。(当該文字誕生時の元義、公的に官僚が初めて定めた原羲、文字使用者が通俗的に改変した俗義の区別なく集めて、都合の良い解釈をしたところでたいした意味はないと思う。「說文解字」はそこらを考慮した上で、文字の宇宙秩序論展開という視点で原義の仮説を立てているからこそ価値がある。)
  古/𡇣 ⇔ 鮮
  旧/舊 ⇔ 新
  昔 ⇔ 今
  元 ⇔ 現
  故/𬀇 ⇔ n.a.


_徂…往 but 在_
如 適 之 嫁 逝…【往】
在…【存】
在 存 省 士…【察】
崩 薨 無 祿 卒 落 殪…【死】
プリミティブな字体論からすれば、徂≒且for the time beingで、goの䢐、dieの殂が元々の含意ということになろう。

_愉≒勞_
怡 懌 ス 欣 衎 喜 豫 ト 康 愖 般…【樂】
ス 懌 釋 賓 協…【服】
痡 瘏 虺 頽 玄 黃 劬 咎 悴 瘽 瘉 鰥 戮 癙 癵 㾖 痒 疧 疵 閔 逐 疚 痗 瘥 痱 癉 瘵 瘼 癠…【病】
倫 勩 邛 敕 勤 庸 癉…【
來 強 事 謂 翦 篲…【勤】
棲 遲 憩 休 苦 喟 齂 呬…【息】

上の様に見てくると、そもそも、<往 but 在>が果たして≪対義≫か、という問題が浮かび上がってくる。
対意のコンセプトの代表例は<若 v.s. 老>。極めて常識的であるものの、<若 老>の筈で、そう見なすのは社会思想的に通用するコンセプト化しているから。社会主義的対立を意味する<資本(家) v.s. 労働(者)>となんら変わらない。
両極端を意味するのを≪反訓≫と考えるなら、<往 v.s. 還>であって、<往 but 在>ではなかろう。言語表現としては、行動パターンから言えば行ってから留まるか返るかの2択であろう。もちろん、その前に往くか否かという選択があるが、これは行動の是非の話であって、在はあくまでも結果で、アップル&オレンジ的な発想と言わざるを得ない。
反意語とは、例えば、個人的気分の両極端(浮揚 v.s. 消沈)を表現するもの。
  愉悦 v.s. 悲嘆
漢語的にはもちろんよく知られた表現があるが、正確には同一地平では無いかもしれない。
  愉快適悦 v.s. 艱難辛苦
精神的と物理的な視点が混同しているからだが。尚、「爾雅」では以下の見方は確認できない。
  v.s.or
ただ、精神的と物理的の間に簡単に線引きできる訳でもないので、言葉としてはどうしても曖昧になるのは致し方ない。
  安楽 v.s. 苦労 or 苦痛
注意を要するのは、憂鬱系で、こちらの感覚は相当に離れている可能性が高い。分離して考えた方がよいと思う。

_繇 …"憂 but 喜"_
恙 寫 悝 盱 慘 恤 罹…【憂】
鬱 陶 …【喜】
繇は占卜文辭(卦兆としての占詞)

_使 v.s. 從_
俾 拼 抨…【使】
俾 拼 抨 使…【從】
  

     

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