■■■ 「說文解字」 卷二 を眺める[1] ■■■
巻二は、巻一の<王>の続きとして、①小-②八-③半という形而上の観念が収載される。巻一の草系文字はこの対偶的分岐ということになる。
   三(天、地、人之道)
   │
   王
   │
   h(上下通)
  ┌┴┐
  小 屮

ところが、③半の次に、突然、飛躍して、<牛>が登場する。<半>と形態的に似ていないことも無いとはいえ、字義として具体的特定生物名が繋がる必然性が欠落している。

但し、そう感じるのは、現代人の発想かもしれない。

天地・上下(②丄)と、人/艸という宇宙観(④三)が措定され、<分>化的な<半>の概念が導かれると、もともと存在しているとされる<王>(⑤)と<神>(③示)との関係論が持ち上がることになるからだ。当然、<牲>が交流の核とならざるを得ず、その正体は中華帝国では<牛>。必然的な文字序列と考えるべきかも。

この牛の先の展開には仰天させられる。わざわざ、中華帝国では牛とみなせない場合の表記文字を持って来るのはわかるものの、神との交流のための犠牲<牛>の繋がり文字として<告>が登場するからだ。
それだけではない。仰天させられるのは、<告>⇒<口>という序列になっている点。
   牛
  ┌┴┐
  告 犛(夷的な牛)
  │
  口

思わず、白川漢字学のハイライトである、<口>とはヒトのmouthではなく祭祀器の形象文字との指摘を思い出さずにはいられない。もちろん、「說文解字」成立期には、すでに甲骨文字など忘却のかなただったから、この手の感覚があった筈はないが、神との交流という観点では牛と告と口は密接に繋がっている訳だ。
無文字口誦社会からの脱皮を図る知識人たる太安万侶としては、この辺りの考え方は心に突き刺さるものがあっただろう。倭語に当て嵌める漢字は、慎重に選定する必要があるナということで。
  


小八釆半牛犛告口凵吅哭走止癶步此正是辵彳廴㢟行齒牙足疋品龠冊 


h
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巻一
巻二




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├┬┬┬────────⇒巻三
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│││ 凵:張口[象形]
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└───────────⇒巻三
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