■■■ 「說文解字」 卷二 を眺める[5] ■■■
<走>→<止>→<辵・辶>→<彳>→<行>という序列は、文字の書き方によっては字体的に断絶がありそうに見えるものの、よくよく眺めれば、字義も含めて納得感を覚える順列になっている。

<彳>は"小步"。
ボチボチ歩く様子であり、俗に云われている四つ筋の巷感覚とは全く違う。個人の主体性という概念など無い時代だから、散歩感覚があろう筈はなく、犬猫のテリトリー歩きとなんらかわるところはなかろう。皇帝なら、さしづめ、行幸。言うまでもないが、それが外交訪問と同類に映っても本質的には違う行為。

帝の行動としては、<登>と<彳>系が、"知らしめる"上で重要ということ。
「古事記」下巻から儒教的道徳・倫理観の風合いを示せることが天皇即位の要件化してきたことが示唆されているが、要は、行幸が重要になってきたということと違うか。

太安万侶型認識の聖帝とは、その観点での話と見ることもできる。<彳>の筆頭収録文字たる<コ/徳>の字義は、あくまでも"升(のぼる)"であり、これは行幸の乗り物に天子が"のぼる"ことを意味しているからだ。
文字上は傍流扱いだが、<建>についてもはっきり記載されていて、"立朝律"とあり、○○建とは、猛々しい武人というよりは、独自王朝の王として振舞っていることを意味していそう。熊襲や出雲の首長とは、倭朝廷と並ぶ力を有する、組織的統制がとれた勢力の王だったことになろう。だからこそ、その王から拝命した倭建という名称を使った訳で。(当たり前だが、文字とは朝廷が用いるもの。妄りに使われることなどない。)

部首<彳>収載文字の末は"亍"で、続く部首が<行>である。道行の字義を意味することになる。


├┬
│├
│││
││哭・喪
│││
││
│││
││
│││
││├
││├
││├
││├
││├辵・辶
││││
│││
│││├─┐
││││ 廴・建
││││ │
││││ 㢟・延
│││
│││
││├
││├
││└
││
│├
│└⇒巻三
巻三

  


小八釆半牛犛告口凵吅哭走止癶步此正是辵彳廴㢟行齒牙足疋品龠冊 


h
├───────
巻一
巻二




├┐






├┐





├┬┬┬────────⇒巻三
│││
│││ 凵:張口[象形]
││
│││
│└───┐
│ │  
│ │  │
│ │  
│ │  │
│ │  
└───────────⇒巻三
  │
┌─┘






├┬┬┬┬┬┬┐
│││││││
││││││
│││││
││││
│││││
││││
│││
││││
│││
││││
│││├─┐
││││ 
││││ │
││││ 
│││
││
│││
││


     

 (C) 2024 RandDManagement.com  →HOME