■■■ 「說文解字」 卷十五【叙】 を眺める [11] ■■■ 第一義的には暗記用だから、各文字をどう位置づけようと便利ならそれでかまわない。議論無用。 しかし、それなら、どう分類すべきか、となる筈だが、分類したところで、さほどの意味を持たない。 言葉はゴチャ混ぜであって、王朝の官僚規定による強制的な一意的文字字体使用がなされる前の状態は錯綜し過ぎているからだ。簡単に分析できる筈がない。(異なる方針で生まれた様々な文字を、混在させ、一元的に統一化させるために、秦代官僚が英知を働かせた完成した文字を対象として検討していることを忘れるべきでなかろう。) はっきり云えば、簡単な線引き的分類は、かえって状況把握の妨げになりかねない、ということ。 それにしても、六書はどうにもならない概念である。 「說文解字」も、それを前提として編纂していることは明白。 だからこそ、読むと、<語⇔字⇔部⇔素>の概念が自然に浮かんで来る仕掛け。頭のなかで、この階層を想いながら読むことが要請されているともいえよう。それを感じ取れるかはセンスの問題。 「說文解字」が提起している発想はこういうことになろう。 🈩造字方法 🈠字素創案(筆法類似) 🈢部首生成 🈴部首複合 -文字内配置用字体変化法 ❶縮小 ❷延長 ❸代替字体 -文字役割設定法 ❶部文字(主符) ㊀意味符 ㊁発音符 ㊂両用符 ❷装飾符 🈔文字運用方法 分類とは、<A B others>の如くに、網羅的かつA≠Bであることが最低限必要だが、「說文解字」はそれとは異なることを早々と示しているのも面白い。至る所、<亦聲>の記述であり、意味での繋がりもあるものの発音での表現でもあるといった風合いを理解させようと工夫しているからだ。 それに、転注・仮借は運用方法のカテゴリー。象形・指事・形声・会意とは同一次元で分類することはできかねる。 象形と指事の切り分けも、実は難しい。写実と抽象の線引きの様なもので、時代感覚や信仰から来る見方で大きく変わるからだ。このため、中性的存在の文字素として眺める必要性が生まれる。 李長:「元尚篇」 【王莽】 揚雄:「訓纂篇」 ⏩続 (C) 2024 RandDManagement.com →HOME |