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2008.5.14
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極上粥を食べよう…


 粥という字は、下の鬲部を省略したものだそうである。
 「鬲」は三本足の煮るための炊事用土器“かなえ”だとか。
 弓は上から囲うということか。

 粥の歴史は古い。
  「為君何食?」 敬子曰「食粥、・・・」
[礼記壇弓下157]

 お粥というと、何を想いうかべるだろうか。西洋粥を除外して、整理など気にせず、一気に列記してみた。
  ・食料難の時代の増量粥
  ・体調を考えて作る粥
    -病院給食粥
    -体調不良時に母親が作ってくれる五分粥
  ・簡便なレトルト粥
    -二日酔い常習者が好む梅干にお粥のセット
    -ダイエット等の減カロリー食としての粥
    -高齢者の調理手間割愛食としての粥
  ・節の邪気払い粥
    -七草粥
    -小豆粥/七種粥
  ・ホテル/旅館の“餡”かけ朝粥定食
  ・観光料理食(地域料理)/寺院の施粥
    -大和の茶粥/万葉粥
    -京の朝粥
    -座禅/法話と粥座
  ・外食系中心の中国粥/薬膳粥
  ・アジア各国の多様な粥(米以外の粥やエスニック調味料添加)
  ・健康食イメージを与える五穀粥/雑穀粥
  ・(今昔物語をベースにした芥川龍之介の芋粥のお話)

 このうち、人気が集まっているのが中華粥。年齢/性別に関係なく、体によさそうということで流行っているようだ。その流れで、女性を中心に、雑穀系の粥好きも増えているようだ。本屋さんの棚に並ぶお粥の本を眺めた推定でしかないが。
 ここで気付いたのは、料理本に登場する「中華粥」とは、生の米をじっくり煮て“糊状”にした広東風(台湾も含め)をさすということ。確かに、広東の粥の種類たるや半端ではないから注目には値する。そうなるのは、出汁あるいは、油や腐乳等の風味で食べる方式であるだけでなく、様々な“身”を入れるから。この工夫の仕方で、健康増進の薀蓄を語れるから、料理本も多いのだと思われる。
 だが、本気で中国粥を紹介したいのなら、白粥系だけではなく、甘いものや、辛いものも、解説しておくべきだろう。
 ともかく、日本の粥とは文化が違うことをしっかりと語るべきだと思う。例えば、数十種の穀物や豆類/果実を使った「臘八粥」(1)のようなものを見れば一目瞭然。

 しかし、中国は広大であり、広東風の“糊状”ではなく、和風の米粒が残る粥もある筈だ。
 日本の米文化の源流を考えれば、上海辺りにはそんな粥があっておかしくない。残念ながら、そんな話が記載された料理本はなかなか見つからないが。上海風なら、おそらく“身”を粥に混ぜるスタイルではなく、“小菜”を付けて、粥とおかずを交互に頂く和風スタイルになるのでは。
(稲作伝来では、一番古いのは、おそらく八重山・沖縄・種子島へ入った陸稲栽培型だと思う。次が現在主流の揚子江下流から伝わった水田系田圃栽培型。もう一つ、日本海を渡ってきた技術がありそう。)

 こんな話をすれば、どんなお粥料理をお勧めしようとしているか、おわかりだろう。“昔から”の、家庭の粥を大切にしたいということ。
 そんなことを言うと、胃腸が疲れていたり、体調不良の時の食事を考える人も少なくなさそうだ。確かに、そんな時はお粥は有難い。しかし、元気が無い時、自分で料理を作るのは避けた方がよかろう。他人に作ってもらうか、レトルトを暖めるべきだ。
 ここで追求したい家庭の粥は、気分がよく、時間の余裕がある日に作って欲しいのだ。のんびりとお粥をたくことから始める。これが狙いである。
 そして、お米の美味しさをじっくり味わう。極上のお粥を愉しむ訳である。この場合、料亭の、上等な出汁を効かせた餡をかけるような“極上”お粥ではないことにご注意頂きたい。
 “大昔から”受け継がれてきた、純粋な粥の嬉しさを、たまには振り返ろうということだ。

 この場合、守るべきポイントがいくつかあるので、列挙しておこう。繰り返すが、広東風の中華粥とは違うから、よく注意して欲しい。
  【作り方】
   ・ベタベタする糊状にせず、さらりと仕上げる。
    (強火で一気に沸騰させない。)
   ・のんびり時間をかけて作る。
    (沸騰しそうになったら火をできる限り弱めコトコトと煮る。)
   ・出汁は入れず、味もつけない。
    (旨み成分は絶対に入れない。)
   ・白米/7分搗/胚芽米の精米したてを用いる。
    (できるだけ臭みがでない米を使う。玄米は使わない。)
   ・好き好きだが、米の量は少なくする。
    (薄くするとよりお米の味がわかる。)
   ・食べ切る量だけ作る。
    (一度冷めたものは美味しくないから食べない。)
  【食べ方】
   ・出来立てを食べる。
    (お粥の香りを堪能する。)
   ・冷えない分量を碗にとって食べる。
    (蓋をかぶせた土鍋を食卓に置き、食べる度に少しづつよそう。)
    (炊飯器なら保温状態で、傍に置くしかない。)
   ・急がずに、じっくりお米を味わう。
    (匙は使わず、箸だけを使う。粥碗は小さいものを使う。)
   ・粥のトッピングはできる限り避ける。
    (付け合せと粥を適当に食べ合わせる。)

 長々と書いたが、要するに、ここでのお粥食は特別扱い料理ということ。
 たまには、一汁三菜よりずっと昔の食事スタイルを想い、のんびりと愉しもうという趣意である。従って、中国粥など埒外だし、お寺の粥とも違う。
(現代の一汁三菜の一汁は、味噌を海産物の出汁に溶かした椀にすべきと思う。これは禅宗普及で定着した革新的な食である。神と共に頂くお米料理の碗に、仏教の象徴たる椀を添え、されに菜の皿が並ぶスタイルを守ろうということ。これらすべてを交互に箸で食べることに意味がある。そして、食後には、禅宗がもたらした茶で一服。信仰の混然一体化を暗示している訳である。経典なき宗教では、食文化は極めて重要な位置を占める筈だ。)

 ちなみに、禅の精神に従うなら、粥食はサッと済ますことに意義がある筈。味わって喜びを得る体質を脱却する訓練でもある。禅の精神とは、厭な現世に落胆し、先ずは喜びをすてることから始まる。一人の世界に没入し、じっくり考え、無我の境地を味わうことに意味があるのだから、食べても味わないことを追求することになる。浅学だから、曲解かも知れぬが。(2)

 これでおわかりだと思うが、禅の食と、ここで追求したい料理の趣旨は水と油。
 狙いは、ともかく、ゆっくり食べること。熱い粥を箸で食べるのだから、もともとサッと済ますことはできない料理でもある。
 もしも禅の訓練として、食を簡単に済ませたいなら、それこそ、 今昔物語に登場する、超肥満体の中納言氏のように水で薄めたご飯でもよいのである。(3)
 まあ、食べればすぐにわかるが、熱い本格的な和風の粥は、量が少なくても満腹感が生まれるのだ。しかも、お米の味がよくわかる。
 これこそ極上の悦びとはいえまいか。

〜 推奨例 〜
- 分類 -
 
- 和風 -
[付け合わせ]
- 外来風 -
[身]
漬物 奈良漬
沢庵
野沢菜
(ラッキョウ)
炸菜
高菜油炒め
卵   温泉卵 皮蛋
揚げ物 “焼き”油揚 油条/揚げ雲呑
葉野菜 茹で菜の花 生レタス千切り
腸詰
干魚 炙り丸干小魚 油炒縮緬雑魚
味付魚 (佃煮) 豆鼓漬小魚
 しかし、粥だけでは余りに寂しい。お米以外の簡単な料理も一緒に頂くのがよかろう。
 この場合、簡素で、粥の味を損なわないものにしよう。料理本に登場する中華粥系のメニューを避けるということ。右表の“外来風”に典型を示した。
 それでは、どんなものが良いかということで、“外来風”に対応させ、和風菜を選択してみた。ご参考まで。
 “数”としては、漬物と、卵、揚げ物、辺りでどんなものだろう。
 さらに皿の数を増やすと、なかなかの料理になる。これも又嬉しい。くどいが、これらを粥に入れてはいけ ない。台無しになってしまう。

 ちなみに、ご自分で、“菜”を考える場合はいくつか注意すべき点がある。前述の注意事項から推定すればわかると思うが念のため。
 ・甘さは他の味を隠すから厳禁。奈良漬数切れで感じる甘さに留めること。
 ・酸味は独立した味になりがちだから駄目。この点で、浅漬は不適なものが多い。
 ・出汁の旨みが拡散しているものは一切排除すること。

 そうそう、食事の最後には、焙じ茶に熱い湯を注いで、美味しい食事ができたことを感謝しよう。大昔は、茶はなかったのだが、今は、簡単に楽しめる。実に有難いことだ。
 尚、緑茶に比べ桁違いに安価だから、“安物”ではなく、“高級品”を使うことをお勧めする。

 おだやかな一日、文化の香りに浸って愉しもうというなら、自炊のお粥料理はお勧めである。

 --- 参照 ---
(1) “寺のふるまう甘い「臘八粥」 旧暦12月8日” 人民網 [2006.1.8] http://www.china.ne.jp/2006/01/08/jp20060108_56560.html
(2) 道元: 「典座教訓・赴粥飯法」[訳注] 講談社学術文庫
(3) 今昔物語集巻二十八 本朝 三条中納言 食水飯語第二十三 http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/chrono/konjaku.html
(礼記) 中国哲学書電子化計画 礼記壇弓下 http://chinese.dsturgeon.net/text.pl?node=9682&if=gb

 --- 附記 ---
完成度が一番高い日本料理はカレー専門店のKatsu Curryだという主張もある。食べ方も独特であるし。
“as near as I could figure, the only Japanese food meant to be shoveled into the mouth with a spoon. ”
尚、著者は金沢大学の学食で1年間鍛えられた、秋葉系のアメリカ人ライター。
Chris Kohler: “Go Go Curry Brings Japan's Authentic Comfort Food to NYC” Wired Blog [2008.4.25]


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