↑ トップ頁へ |
2002.7.12 |
|
|
教祖のお告げが当らない…90年代に発せられた、教祖のお告げがさっぱり当らない。神通力も失せたようだ。●「アルゼンチン経済はこれから大発展」⇒発展どころか、デフォルト状態で大混乱 ●「韓国の大企業は力を発揮できない」⇒逆に、サムスンの躍進で日本企業の方が低迷 ●「コンピュータ2000年問題に鈍い日本は大損害」⇒泰山鳴動鼠一匹 このため、アルゼンチン国債を買った人のなかには、自分のビジネスを有利に進めるための発言ではないのか、と怒る人もいる。しかし、おそらくは、話題性を重視して予測したための、単純な「はずれ」だろう。 マスコミはセンセーショナルな話題を好む。有名人の目立つ主張と、その裏づけになりそうな動きを結びつけ、ビジネス拡大が図れるからだ。ジャーナリストと一緒になって話題提供していれば、どうしてもいい加減な予測になりかねない。 専門家なら、「資金がグローバルに動くようになれば、技術で生産性向上を実現できる国や企業が優位に立つ」と主張すべきだろう。自らの力量を踏まえて、技術で勝つ最適方策を熟考した企業は躍進するが、生産性向上なき資金投入バブルは必ずはじける、との考えをベースにした予測を提供すべきである。 例えば、日本の低迷は、労働投入量減少の上、技術による生産性向上スピードが急に落ちるから当然といえる。ペイするか考えもせず、80年代の延長線で「先端」技術を磨き続ければ、低迷からの脱出は困難だ、とはっきり言うべきである。 国の体制はどうあれ、シンガポール・韓国・台湾・中国では、飛躍する企業が登場するのは時間の問題だった。にもかかわらず、どうして韓国が駄目なのか、教祖の主張はさっぱりわからない。しかも、アルゼンチンが発展するというのだから、驚く。 教祖の視点は、マネジメント体制がだらしない国は沈没するが、挑戦的な国は成功するとの単純なものではなかろうか。わかり易いし、共感を呼ぶが、冷静に見るべきだろう。 そもそも、日本企業のマネジメントが90年代に急にだらしなくなった証拠はない。従来と体制が変わったとは思えない。 変わったのは、マネジメント体制ではない。技術で生産性向上を図る従来型方策がほとんど奏効しなくなった点だ。 「政治経済学」の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
|
(C) 1999-2004 RandDManagement.com |