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2008.2.6 |
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国境なき患者集団の時代…少し前までは、“patients without borders”と言うと、“doctors without borders [MEDICINS SANS FRONTIER](1)”と対になっている貧困国の医療問題(2)を意味していたが、書籍のタイトル(3)として登場したこともあり、今や、メディカルツーリズムのタームとして定着してしまったようである。(4)2006年頃は、日本でも結構注目され話題になっていた。インドのヘルスケア状況を分析したレポート(5)のインパクトが大きかったようで、様々な方々がメディカルツーリズムを話題に取り上げていたのを思い出す。もっとも、その頃のインドは、来訪者と言っても、海外在住のインド人(国籍は様々)だったようである。ともあれ、この辺りがきっかけとなって流れが急に強まった感じだ。 ただ、日本人だけは、その後冷めてしまったようで、海外での動きを眺めているだけに近い。 それも無理はない。国民皆保険であり、ニーズが高い高額な自由診療分野があるようにも思えないからだ。従って、海外に行く意味はそれほどない。(整形外科の韓国詣の実数は相当だと言う人もいるが。) タイ式マッサージやアーユルベーダ・ヨガのキャンペーン(6)の影響で、代替医療やウエルネスの方が興味の対象のようだ。しかし、国内で類似のサービスが勃興しているから、メディカルツーリズムとして発展しているようではなさそうだ。 もっとも、例外はある筈。国内での腎臓移植治療を待っていられない方々のフィリピン渡航とか、国内治験が進んでいない疾病治療が必要な方々のシンガポール渡航だ。余り表に聞こえてこないところを見ると、海外の治療機関と提携でもして問題が発生すると、対処にこまるからだろうか。
なにせ、先進国での医療は高度化一方だからだ。 お陰で、治療費は高騰。高額所得者でなければ、なかなかまともな医療サービスを受けられないのが現実。 それを避けたいなら、海外の安価なサービスに頼らざるを得ない。 特に、米国では、保険機関(HMO, BC&BS等)が海外病院を提携病院にすることで治療費削減を狙うから、流行って当然だ。 行き先としては、アジア地区が主流だが、インド、タイ、マレーシア、、シンガポール、フィリピンが患者獲得競争に突入しているようだ。これにバングラディッシュ、中国・香港が加わっていくに違いない。 もちろん、欧州相手のギリシャや南アフリカ、中南米のパナマやアルゼンチンも熱心だとか。 ここまでくると、市場規模は数兆円規模の筈だから、投資が進み、その結果患者も増えるという具合で、発展のはずみ車が回る。 ついに、グローバル経済の波は医療サービスでも国境を無くしつつある。 病院を眺めて見ると、棲み分けが進んでいるようである。 シンガポールは古くから、高度医療に力を入れていたから、黙っていてもASEAN地域の富裕層の患者が集まるが、海外の医師とタイアップして、年間100万人の患者を呼び込もうと動いている。(7)ASEAN圏の核となると共に、中華ネットワークで伸張をはかっている。 一方、隣国のマレーシアは価格競争力でインドネシア、シンガポールから患者を呼びこむと共に、回教圏の強みを生かし、中東諸国への浸透を図っている。 タイには欧米のマスコミによく登場する病院があり、早くからメディカルツーリズムを進めてきた老舗的な感じがする。手馴れたマネジメントがウリだろう。高度な医療技術を誇るシンガポールと違って、健康診断、美容整形、歯科、レーシックといった分野で力を発揮するつもりのようだ。 インドは、冒頭に述べたように在外インド人の治療場所としての役割がある。それに、人口が巨大だから、国内の富裕層をターゲットとして病院チェーンビジネスも盛んだ。それをベースに英語圏を対象にしたメディカルツーリズムを展開するのは誰が考えても当然の流れだ。海外からの資本も続々と入っているに違いなかろう。 もともと、インドはジェネリック医薬品でも有名であり、バイオ医薬品まで揃っている位だから、医療産業のレベルは高い。しかも、コスト競争力は圧倒的である。 合理的な経営が行われている病院が多いようで、心臓パイパス手術で人気がある病院など、血液銀行まで保有しているそうだから、その経営力は相当なものだ。 同じ英語圏では、フィリピンも該当するが、こちらはコメディカル人材供給元となっている位で医療サービスの質は国際レベルだが、コスト競争力では太刀打ちできそうにないのがつらそうだ。 ・・・などと見ていくと、医療のネットワークが国際化している様子が見てとれる。 それこそ24時間手術体制による低コスト医療サービスまであり、さまざまなアイデアが持ち込まれ、革新的な経営を実現すべく競争が行われていることがわかる。 その裏で、“Joint Commission Quality Check”(R) (8)のような病院審査が標準化していくに違いない。そして、最終的にはどの病院でも医療機器や電子カルテが連動する体制が一般化し、それに医療従事者の業務システムが統合されることになるのだろう。そんなアジアの巨大病院に世界の患者が集まってくるという未来図が描けそうである。 そんななかで、日本の医療サービスの仕組みだけは唯我独尊状態が続いている。マクロでみれば医療費のGNP比率は欧米に比して低く抑えられており、その割には高い品質で安価なサービスだ。ここだけ見れば、受益者にとっては有難いといえばその通り。だが、この仕組みをこの先も続けることができるかは大いなる疑問である。そろそろ考え時ではないかと思うが。 しかも、急成長しているメディカルツーリズムを眺める、医療サービス産業のグローバル化そのもの。革新的なヘルスケア・マネジメントが生まれる素地があると言ってよさそうだ。従って、この流れに係わることは、医療産業全般の競争力向上につながると思うのだが。 残念ながら、単純インベスターを除けば、日本はほとんど係わっていないようだ。 --- 参照 --- (1) [MSF] http://www.msf.org/ [doctorswithoutborders (U.S. section)] http://www.doctorswithoutborders.org/ (2) http://www.hsph.harvard.edu/now/mar21/ (3) Josef Woodman: “ Patients Beyond Borders: Everybody's Guide to Affordable, World-Class Medical Tourism” http://www.patientsbeyondborders.com/about-the-book/ (4) Patients without Borders: The Emergence of Medical Tourism” PublicCitizeHealthResearch HealthLette [2006.7] http://www.citizen.org/documents/hl_july06.pdf [NewYorkTimesだと以下の記事が参考になる.] JOSHUA KURLANTZICK: “HEADS UP | MEDICAL TOURISM; Sometimes, Sightseeing Is a Look at Your X-Rays” NewYorkTimes [2007.5.20] http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9a01e1d71231f933a15756c0a9619c8b63 JENNIFER ALSEVER: “Basking on the Beach, or Maybe on the Operating Table” NewYorkTimes [2006.10.15] http://travel2.nytimes.com/2006/10/15/business/yourmoney/15care.html (5) インド・ブランド・エクイティ基金 「ヘルスケア」[2006年1月DAVOS] http://www.ibef.org/japan/download/Healthcare_Japanese.pdf (6) [Spa & Wellness] http://www.thailandwonders.com/Wellness-trips.aspx [AYUSH] http://indianmedicine.nic.in/index.asp (7) http://www.singaporemedicine.com/ (8) http://www.jointcommission.org/ (医師のアイコン) (C) Free-Icon http://free-icon.org/index.html 「政治経済学」の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
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