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■■■ 2015年4月16日 ■■■

ギリシア類似路線との認識が必要では…

年金基金の国債を日銀が引き受けることで株価上昇を作りだしているが、株価水準から見て、いよいよ分岐点にさしかかっていると見るのが自然だろう。本来は、もっと早く年金基金運用方針に手をつけるべきものを、今になって、小手先というか、見かけの好調感醸成のために利用するのだからこまったもの。

円安のカンフル剤をグローバル産業に投与すれば、ソリャ即効。しかし、競争劣位のセクターが合理化を避け続けるから、全体で見ればプラスに働いているとは言い難い。ただ、競争力がありながら、グローバル化に出遅れていたり、研究開発力を活かしきれていない企業は少なくないから、それを後押しする点では有り難い流れ。
しかし、それはミクロな話でしかない。
日本経済の大半は、新陳代謝を拒否し続ける地方だからだ。グローバル企業の収益が「トリクルダウン」で地方にも、とはいかない。地方経済は、税金バラ撒きにすがって生きているのがやっとなのだから。いくらグローバル企業が繁栄しても、全体の流れを変えることは無い。グローバル企業に係るほんの一部だけがおこばれで潤うだけの地域だらけということ。企業誘致成功を謳歌できた時代とは全く違うのである。
その現実をを覆い隠すために、日銀ファイナンスで税金バラ撒き続行というのがアベノミクスの本質。持続不可能なトンデモ施策以外に手の打ちようが無いとなったということ。

一部の都市型経済地域を除けば、昔から、日本の地方政治は、「政策」という名前での、中央からの税金の分捕り合戦で成り立ってきた。その付け足しとして、域内分配抗争を穏やかに諌める役が求められてきただけ。
しかし、それもそろそろ年貢の納め時ということ。国債が溜まりに溜まって、もうニッチもサッチも状態だからだ。

簡単に言えば、日本は、ギリシア政府がとってきた道と大同小異の方向に進んでいるというだけのこと。
(民主党政権の経済政策はギリシア以上の大バラ撒き一色の代物だった。しかし、それは大歓迎の一手でもあった。そんな政策が持続不可能なのがあまた知れ渡るし、税金垂れ流し先だった自民党支持基盤を壊すだろうから。ところが、残念ながらその仕事は全くせず終わってしまった。)
アベノミクスとは、国債を日銀に引き受けさせることで事態打開を図っている訳で、まさにギリシアの最終段階政策のようなもの。

今の世界で、中央銀行が国債ファイナンスによるトンデモ垂れ流しの金融政策を図れば、信用喪失から来るハイパーインフレを招くか、財政破綻のどちらかである。(ただ、それは世界通貨の場合は当てはまらない。信用もなにも、その通貨無しでは、物事が運ばないから。円はそのような地位にある訳ではない。)
この政策を始めてしまえば、出口政策などあり無い。長期金利上昇を招けば、一挙に不安定化するから、恐ろしくて手が出せないからである。従って、終局まで、いかにして時間稼ぎするかという路線を歩み始めたということ。
帝国陸軍を皆で賛美した時代と、思考パターンは全く同じ。日本の国益上、この方向しかありえず、一直線に進むべしと囃したてる訳だ。初期の高揚感を持続させるため、後は続々といい加減な解釈で上手くいっていると言い続けるだけ。そして、皆で上手くいく筈と大合唱。現実を見るのは辛いから、それが愉しいのだろう。それに水を差す輩は非国民とされる。
帝国海軍高官は、グローバル状況と、自力を冷静に眺めていたようだが、その路線に引きづり込まれてしまえばどうにもならない。代替案も出口もない路線だから協力するしかないのである。

又、同じことの繰り返しである。
ただ、今回は少々様相が違ってくるかも。

と言うのは、早晩、「ゼロサム・ゲーム」が地方から始まるからである。・・・資産なき個人の成功は、他者から奪うこと以外にないことが常識化しかねない。そうなれば、社会の安定性は根本から覆されることになろう。

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