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節足動物 鋏角類 蜘蛛
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■■■ 2018年5月1日 ■■■

烏帽子蜘蛛


烏帽子こそ 元服したとの 意思表示

後部(腹)に体節を残す"古代風"の地中横穴棲蜘蛛と、そこから一歩進んで、穴内壁面網とをれを巣外へ発展させた捕獲網を作ったり、強引な牙捕獲力強化や神経毒性の高度化を図った"原始的"な地中竪穴棲蜘蛛を見て来た。
ここからは、ごくフツーの蜘蛛を順次見ていこうと思う。
分類は様々な説があるようだし、グループ組換えもかなり多いので、素人にははなはだわかりにくいが、自分でわかりやすいように整理してみることにした。なんとなく、全体が俯瞰できさえすればよいということで。

すでに戸立蜘蛛の団塊で、腹の中ほどに存在する出糸器官(中疣)が体躯の末端に移動しており、紡糸技術的にも数種のダイスを持っているところまで来てはいるが、生活様式はたいして変わっていない。地中穴蓋や住居壁面に使われているにすぎず、糸本来の意義を活かせる使い道はせいぜいが地表面を裏打ちして振動呼子にする位。
脱地中穴棲を果たすには、どうしても糸技術で乗り越えるべき壁があったのである。
それは糸の強靭さ。つまり、従来型は粘着性材質の糸状物質でしかなく、ロープ的な糸がどうしても必要だったということ。つまり、それを実現可能な器官(大瓶状腺)があって初めて蜘蛛らしさが生まれることになる。

この壁さえ乗り越えることができれば、地中穴棲という極めて限定した場所から、移動時の道標手段(栞糸)を手に入れることができるようになる。それは、見方を変えれば、穴に逃げ込む代わりに、その糸で空中にブル下がることで危険回避が可能という算段に繋がる。
さらに、強靭な糸と従来型の粘着性を持つ細糸という2種を使うことで捕獲用仕掛け網製作能力を身につけたのである。(対象の餌によっては、粘着性ではなく、絡み易いケバ立ち細寄り糸を用いていそう。)

驚いたことに、網による捕獲に対応し、鋏角の形も咬み付き型の上下噛み付き牙顎から、運搬用に向く鋏型トングに変化したのだ。牙を指してズルズルと近くの穴に引きずり込むしかなかったのが、餌を持ち上げて好都合な場所に移動できるようになったということ。

ともあれ、地中の穴で獲物が側を通るまで待ち構えるという生活から、餌が得易い暗く高湿度の場所に捕獲網を張る生活への転換に成功したのである。

その網の形は西洋的にはランプシェード、日本的だと烏帽子。網にじっと伏せて餌を待ち構えているらしいから、えらく辛抱強い訳だ。穴で餌を待ち伏せする体質は受け継いだのだ。つまり運動量が格段に増えた訳ではなさそう。従って、よく見かける蜘蛛とは違って、呼吸器官は2対の書肺のママ。気管の性能を手にいれてはいない。

烏帽子蜘蛛はこのようなシナリオにズボッと当てはまる、 ハシリの蜘蛛と言ってよいだろう。

似たくちとしては、昔襤褸網蜘蛛と葉隠蜘蛛もあげられよう。前者は精緻な幾何学的模様ではないものの、ボロボロ形状であり、出糸量とその捕獲性能を考えるとかなりパフォーマンスが上がっているのは間違いなさそう。後者は、擬態的網への発展形と言えるのではなかろうか。地中横穴棲蜘蛛も扉を泥や苔で偽装していたから、なんということもない技術だが。捕獲爪はかなり丈夫そうだから、大きい獲物を引き動かす力を向上させたようである。
早い話、フツーに見かける蜘蛛は気管呼吸ができるが、ここで取り上げている種は習性は同じでも、2対の書肺しかないということで、古い体質を残していることが歴然としているネ、ということ。
棲息場所が特殊で限られており、いかにも偶々残っているという印象があり、烏帽子蜘蛛とはかなり違うが、マ、その辺りで分岐した種ということで一緒にまとめた方がわかり易かろう。

⟭⟬ 隙間スパイダー
世の中の 隙間に生きる 身は楽し

このように考えると、網構造が乱雑に見える、壁の割れ目に棲む萱嶋蜘蛛もここに加えておくのがよさげ。

 【附】
蜘蛛一族の特徴はなんといっても糸の多様性。
用途で考えるとこうなる。・・・
 ・生殖(卵嚢/卵バンドル糸, 射精用網)
 ・住居(巣嚢/扉, 生活基地兼通路/付着用基盤)
 ・狩猟(捕獲固定網/投げ網, 呼子ライン, 餌捕縛帯)
 ・移動(栞糸/牽引糸, 幼体用糸グライダー)
このうちの垂直に張られた円形捕獲網だけとっても、様々な糸があり、異なる糸が使われていたりする。・・・橋糸(造網開始時の架橋糸)、枠糸(網の最外フレーム)、繋留糸(網の外枠と構造物の接続用アンカー)、縦糸(中心から放射状)、捕獲用横糸(縦糸に直角に螺旋状)、ハブ[轂:こしき]の糸(網の中心域)、帯(飾)の糸。
もちろん、網は様々で、対象とする餌に合わせた設計になっているのだろう。
こんなことが可能なのは、夫々の糸に対応した素材製造器官が次々と生まれたからでもある。円網タイプになるとなんと7種の腺[gland]を供えている。・・・
 梨状(aciniform:付着粘着)
 管状(cylindrical:卵嚢)
 小瓶状(ampullate, small:巣)
 大瓶状(ampullate, large:牽引/枠)
 葡萄状(piriform:餌捕縛帯)
 集合/聚状(aggregate:横糸)→葉状
 鞭毛状(flagelliform:横糸)
 篩板[cribriform plate]+篩板付属腺(餌絡み糸)
腺自体は当初からあったが、様々な形態が追加され、それを利用できる環境で生きる種が生まれたということだろう。
烏帽子蜘蛛は腺を揃えており、そんな流れを始めた種という位置付けでよさそう。


鋏角類
《蜘蛛 Araneae

┼┼中疣…出糸疣が腹の中ほどに存在
│┌──【古代風 Mesothelae
││┼┼Liphistiomorpha 腹節蜘蛛と木村蜘蛛を代表とする群
└┤
│┌─【原始的 Orthognatha…真っ直ぐの牙顎類
││Mygalomorphae
││┼┼┼│┌─《Fornicephalae 戸立蜘蛛と地蜘蛛を代表とする群
││┼┼┼└┤
││┼┼┼┼└─《Tuberculotae 漏斗蜘蛛とタランチュラを代表とする群
└┤後疣…出糸疣が腹の後端に存在
┼┼
┼┼↓脱地中穴棲
┼┼
┼┼└─【新生型 Opisthothelae…二軸鋏型牙類(Labidognatha)
┼┼┼┼Araneomorphae
┼┼┼┼┼┼└┬─《Paleocribellatae 古篩板類(単性域類有篩板)
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼├─《Austrochiloidea》<Neocribellatae新篩板類>基底的群
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼└┬《Haplogynae 単性域類篩板退化
┼┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼┼《Entelegynae 完性類

【新生型蜘蛛類 Opisthothelae】
     (後疣…出糸疣が腹の後端に存在)
Araneomorphae

《Paleocribellatae 古篩板類(有篩板単性域類)…新生型基底(原始風情濃厚)
 -Hypochilidae Lampshade spider 【造網-電球傘型】 [有篩板] [2対書肺]
  Hypochilus・・・エボシグモ類@米国
   烏帽子蜘蛛 Thorell's lampshade-web spider(thorelli)@アパラチア山脈南
   Pococki's lampshade-web spider(pococki)@カリフォルニア
  Ectatosticta@中国
   大衛延斑蛛(davidi)@西藏〜青海
《Austrochiloidea》<Neocribellatae 新篩板類>基底的群…始原的造網タイプ(Missing-link)
 -Austrochilidae [有篩板] [2対書肺]
  Austrochilus・・・ムカシボロアミグモ類@チリAndean forests
   昔襤褸網蜘蛛(manni)
  Hickmania
   Tasmanian cave spider(troglodytes)
 -Gradungulidae Large-clawed spider [有篩板] [2対書肺]
  Gradungula・・・ハガクレグモ類@豪州,NZ
   葉隠蜘蛛(sorenseni)@NZ
  Progradungula
   Carrai cave spider(carraiensis)@豪州ニューサウスウエルズ
《---》
 -Filistatidae Crevice weaver【造網-不規則】 [有篩板] [2対書肺]
  Filistata・・・カヤシマグモ類
   萱嶋蜘蛛(maruginata)@台湾〜先島
   腹長萱嶋蜘蛛(longiventris)…希少
  Kukulcania
   Southern house spider(hibernalis)@米州

(参考) Leslie Brunetta, Catherine L. Craig[三井恵津子 訳]:「クモはなぜ糸をつくるのか? 糸と進化し続けた四億年」丸善出版 2013年 ["Spider Silk: Evolution and 400 Million Years of Spinning, Waiting, and Mating" Yale University Press]
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