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2003.11.9
 
 


酒造りのスキルとは…

 酒造りの知識を披瀝する日本酒愛好家は多い。よく聞くと、自分で調べる訳ではないようだ。
 メーカーが細かな情報を開示してくれるらしい。ファン作りは成功しているといえよう。
  (例 http://www.kikumasamune.co.jp/toshokan/index.html)

 お蔭で、素人でも、すぐに日本酒の製造技術を語れるのである。・・・ところが、酒造りを知れば知るほど、地酒の意義がわからなくなる。

 酒造りの基本は単純である。
 先ずは「米麹菌」が作った酵素で米の澱粉をブドウ糖に変える。次ぎに、ブドウ糖を「清酒酵母菌」によってアルコールに変えるだけだ。

 ということは、菌で酒の特徴が決まると見るべきだろう。
 逆に、原料の差は余り出ないと言えそうだ。おそらく、澱粉以外の成分量が少なければ良質というだけにすぎない。
 又、水の違いといっても、意味は薄そうだ。菌の成長を促進するカリウム/リン/マグネシウム塩類を適度に含み、抑制しかねない鉄とマンガンの含有量が少なければ十分と言えよう。

 ところが、普通に使われている清酒酵母菌は、同じものを使っているという。醸造所に住み着いている菌(在来野生種)が関係する訳ではないのだ。
 [「清酒酵母」とは、まろやかがウリの「協会6号」、香りが強い「協会7号」、吟醸酒用の「協会9号」といったもの。]
 そうなると、地酒の意味などほとんど無くなる。

 ところが、同じ酵母を使っていても、蔵元の差は大きいという。
 菌自体もさることながら、育成管理技術が重要なのだ。つまり、この技術が地酒の特徴に繋がるらしい。地場の意味がよくわからない説明である。

 専門家の主張では、酵母発酵のタネである「酒母(もと)」で、品質が大きく変わるらしい。酒母は、「麹」、蒸米、仕込み水、清酒酵母を混ぜて発酵させて造るだけにすぎないから、微妙な製造スキルで酒の旨みが左右されることになる。この管理スキルの違いが、地酒の特徴になる訳だ。
 ということは、日本酒の地方性に意味は無い。スキルを持つ人が中国に渡れば、良質な中国産日本酒ができる筈だ。

 [尚、酒母さえできれば、大型タンクに移して、蒸米、仕込み水を混ぜ、本格的なアルコール発酵
(「醪(もろみ)」造り)を行うだけである。一般に、醪造りはオープン環境で行うそうだ。しかも、均一性確保のため、毎日1回は櫂でかき混ぜる。雑菌が混入する可能性は高い。従って、雑菌より強い酵母菌を多量に含むことが重要になる。
 実際には、酵母が増えるよう、2〜3日かけ、3回に分けて仕込み、20日ほど発酵させるようだ。そして、出来上がった醪を絞れば、原酒が得られる。熟成を兼ねて数日〜1ヶ月保存した後、水/アルコールと調合し濾過を行い、殺菌/酵素の失格のための熱処理をすれば完成だ。品質を保つために、出荷まで冷所保存するのが普通だ。]

 そうなると、酒母の何処で差が出るのか大いに気になる。・・・ところが、これは自明なのである。  高品質な酒母の要件とは、以下の3点である。
  ・十分な乳酸が含まれている。(雑菌繁殖を抑える力が強い。)
  ・選んだ酵母菌だけが育成されている。(野生酵母菌の混入が無い。)
  ・酵母菌が大量に含まれている。(アルコール製造能力が高い。)

 要するに、このような状態になるような酵母菌育成環境作りのスキルが、酒造りの鍵なのだ。

 状況を見てみよう。
 現在、酒母製造方法は2種類あるという。手作りに近い従来型と、工業技術型だ。

 従来型は、「生もと系」と呼ばれている。(商品では「山廃」と表示されているタイプだ。)
 麹、清酒酵母、蒸米、仕込み水を混合し、5〜6時間放置する。水分がなくなるから、櫂でよくかき混ぜる。これで準備完了である。
 その後は、固形物をつぶし均一化させる作業(「もと摺り」)を数回繰り返すだけだ。そして、酵母や雑菌が繁殖しにくい低温(5℃)でゆっくり発酵させる。空気中に浮遊する乳酸菌をタンク内に呼び込んで、じっくり繁殖させ、乳酸を作るプロセスだ。乳酸(PH3.5)で酵母菌以外の菌の混入を抑制する訳だ。といっても、同時に、麹菌が作った酵素で、十分な糖を作り出す必要もあるから、時には暖めて(10℃)菌の活動を促進する必要がある。
 2週間程度を要する、手間がかかる作業の連続である。
 [伝統の造り方と言うものの、「山廃」という名称でわかるように、昔のままの造り方ではない。水・麹・蒸米を桶に入れて櫂で摺り潰す「山卸」と呼ばれていた長時間の重労働作業を「廃止」しているからだ。麹菌が作るブドウ糖化酵素によって米を溶かす、「低温仕込み」方式に変えたのである。]

 十分な量の乳酸が存在し、糖化も進んだことが確認できたら、アルコール化に入る。酵母菌の大量増殖プロセスに移行するのである。
 [下手をすると、糖分量が低いうちに、アルコール発酵が始まることもあるようだ。]
 温度を上げ(15℃)酵母菌の活動を活発化させる。炭酸ガスと熱が大量に発生するから、熱で酵母菌が死なないよう、温度を下げて発酵を抑制したりしながら、休み休み進める。1週間程度は必要である。
 酵母菌が糖を食べて大量に育ったら、温度を下げて菌の活動を休止させる。これで、酒母のできあがりである。

 雑菌に晒されている環境下での作業だから、どうしても細かな作業が増える。面倒な作業が1ヶ月程度続くことになる。大変ではあるが、芳醇で、旨味成分(アミノ酸)が多く、特徴がはっきり分かる酒ができるそうだ。

 一方、工業技術導入型で造る酒母は「速醸系」と呼ばれる。こちらは、最初から、市販の醸造用乳酸を添加し、高温(20℃)で仕込む。あらかじめ乳酸が入っているから、1週間程度ですむ。もちろん管理も楽である。
 [技術の流れから見て、さらなる高温糖化で時間を短縮したり、酒母無しの直接醸造へ進むことになろう。]

  当然ながら、ほとんどの日本酒メーカーが「速醸系」の方法を用いている。
 「生もと系」のシェアは5%程度あるか、といった所らしい。じっくり味わえば「速醸系」との違いはわかるが、シェアから見て、それほど大きな違いでは無いといえよう。

 酒造りのプロセスがわかると、最高の日本酒を目指すなら、職人芸依存を止めて、コンピュータ制御の醸造法開発を進めた方がよいように思えてくる。


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