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2005.11.1
 
 


BSE対策の議論はこれでよいのか…

 BSE(牛スポンジ脳症)騒ぎも下火になってきたようだ。
 英国におけるCJD罹病者と目される死亡者統計(1)を見ると増加傾向は見られないようだし、vCJDの死亡者数が減っているから、そんなものかという気もするが、喉元過ぎれば・・・といった感は否めない。

 BSEは、もともとは、スポンジ脳症の羊(Scrapie)の骨肉が牛の飼料に紛れ込んだことが発端らしいが、発症の仕組みは理解が難しい。
 原因物質は、“感染する蛋白質粒子(prion)”と特定されていても、細菌やウイルスと違い核酸が無いからである。

 DNA無しでどうやって増殖するのだろうか。異種蛋白なのに免疫機構をどうやってすり抜けるのだろうか。極く微量でも食べると感染してしまうのだろうか。・・・謎だらけである。
 今までの常識とは違うメカニズムだ。(2)

 それはともかく、この物質は、分離しにくいし、普通の分解酵素が効かない上、紫外線照射、薬品処理、加熱でもなかなか壊れないそうだ。恐ろしくやっかいな物質である。

 とはいえ、疫学調査は進んでいるようで、素人にも発症の流れはわかるようになってきた。

 屑肉や骨から肉骨粉を作る製造プロセスで、有機溶媒処理を廃止し、連続過熱処理を導入したため、感染物質が壊れずに残るようになり、感染拡大サイクルができてしまったということだろう。
 しかし、ここまで感染が広がると、病気の撲滅は不可能かもしれない。
 というのは、牛の飼料に肉骨粉が入らないよう規制をかけても、すでに蛋白質粒子自体が環境に広がっている恐れがあるからだ。

 体のなかで徐々に増殖し、かなりたってから発病するということは、極く少量でも、蛋白質粒子が体内に入ってしまえば、罹患に結びつく可能性がありそうだ。地面のどこかにこの蛋白が残っていれば、地面を舐める動物が突然発症する可能性は否定できまい。
 しかも、反芻動物でない、ヒトがスポンジ脳症に罹患する。今まで発生していない種とは、体内での増殖が遅いだけかもしれない。
 実際、人、牛、羊に加え、ミンク(TME)や鹿(CWD)では発生が報告されている。
 動きまわる動物が罹患し、斃れれば、蛋白質粒子がそこらじゅうにばら撒かれかねまい。そうなれば悪夢である。

 カナダでは、野生動物での感染が収まらないようだ。(3)野生動物だから、対処といっても、いかんともし難いだろう。

 スポンジ脳症は単純な対策では奏功しないのではないだろうか。
 従って、事態を冷静に眺め、議論を深め、知恵を絞る必要がありそうだ。

 特に、日本では、肉骨粉を飼料として使うことに対する単純な反撥的発言が多すぎ、議論ができない状態になりかねず心配である。

 典型は、自然の摂理に反することをしておきながら、消費者に知らせずけしからんという意見である。心情的にはわからないこともないが、禁忌の宗教戒律と似た論理で一方的にまくしたてられたのでは、解決の道を探るどころではあるまい。
 解決策を探る議論ができなくなってしまうのでは、たまらない。

 といっても、わかりづらいかもしれないから、簡単に説明しておこう。

 そもそも、畜産業とは、自然をできる限りコントロールして発展してきた産業である。
 ほとんどの畜産種は、人が育種技術を駆使して創った動物である。人工授精も極く普通に行われている。
 しかも、草を食べて育つ反芻動物に対し、本来は食べる機会がなかった穀類などの蛋白性飼料を与えるのが現代の畜産業である。早く美味しく肥らせるためである。
 低コスト畜産の場合は、高価な穀類でなく、安価で高蛋白な餌を探すことになる。なかには口をつけるのも嫌われるような餌もあるが、そんな場合でも糖蜜をかけ食べ易くする。
 これが現実である。自然の摂理どころではなかろう。

 肉骨粉といっても、畜産農家から見れば、半分が蛋白質でカルシウムが1割含まれている安価な飼料のひとつに過ぎない。穀物飼料よりコストパフォーマンスは上だから、経済合理性を優先させるなら、飼料として使うことに躊躇する筈がない。
 使わないとすれば、宗教戒律か、政治的に穀類中心の飼料を優先させているにすぎない。

 そして、畜産業は、昔から、動物のすべてを使い尽くすことに注力してきた。
 技術の歴史を紐解けばわかると思うが、昔は、油脂の原料は動物だった。石油化学時代の前は、石鹸は加熱処理して採取した獣脂から作っていたのである。
 こんな流れがあったから、大衆消費時代が到来し、畜肉産業が勃興しても、肉をとった残物の処理を引き受けるレンダリング(Rendering)産業がすぐにできたのである。
 できる限り資源を有効利用しようという技術の流れと見てよいと思う。ただ、加工品の利用先が飼料になってしまったにすぎない。

 このような畜産産業の仕組みを根底から変えるつもりなら別だが、そうでないなら、自然の摂理を守れなどという主張をしても、解決の道筋は何も見えてこない。

 屑肉や骨を焼却処分するだけでも、量が多いから、大変な作業が必要だ。もちろんコストも嵩む。飼料に回さないとしたら、大事である。

 といって、米国のように、危険として取り除かれた部位をレンダリングに回して(4)よいのかは、疑問である。
 しかし、これは瑣末な問題のような気もする。
 細かいことを検討する前に、全体像をはっきりさせる必要があるのではないか。危険は様々なところに潜んでいる。どこを抑えるとリスクが大きく低下するのか、わかるようなマップを作るべきだと思う。

 例えば、機械的に肉をこそぎ落とした屑肉が食用に回ると言われている。機械が行う作業であるから、危険部位近辺の肉が入る。危険部位ではないが、リスクが低いとは思えない。
 それよりも、屠殺場で脊髄からとびちった物質が食肉に付く危険性が大きいかもしれない。

 言うまでもないが、この程度の問題はすでに議論されている。

 ところが、“裏”の動きはほとんど議論されない。
 “表”だけを議論していると、“裏”の動きに足をすくわれるのではないか。“裏”活動のリスクを想定しておかないと、議論は上滑りになってしまう恐れが濃厚だと思う。

 欧州では、非食用肉を食用に流す業者摘発のニュースが流れている。どこに流れていったかは定かではない。これは氷山の一角で、リスクがある肉のラウンドリー業者が存在しているかも知れない。

 それに、どの国でも、規制で国内市場を失えば、たいていは、その商品を輸出に回す。危険部位であっても、適当な名目さえつければ、海外に持ち出すことは法的に問題がないことが多いからだ。そんな状況下で、日本が危険部位を輸入していないと断言はできまい。

 問題は単純ではない。全体を俯瞰しないと、リスクを下げる方向に進んでいるか、よくわからない。
 日本では、このような視点で考えようとせず、素人が悪者を叩くシーンつくりに注力する人が目立つ。こんなことをすれば、事態は悪化するかもしれない。

 裏の問題までわかっている人はいる筈だが、こんな状態で議論に参加してくるとは思えない。先ずは、事態を理解している人がストレートに問題点を語れる環境つくりが重要だと思う。そして、なんといっても話を聞く「耳」を持つ必要があろう。

 こんな話をしても、主旨は伝わらないかもしれないから、ストレートに語ろう。

 日本のレンダリング業界は、早くからイギリスの同業者の状況を知っていた筈だ。日本に肉骨粉が入ってきたらどうなるかわからなかった訳でもあるまい。
 しかし、何も手はうたれなかった。

 又、同じことを繰り返している可能性はないのか。

 --- 参照 ---
(1) http://www.cjd.ed.ac.uk/figures.htm
(2) R. B. Wickner, et. al. “Prions: proteins as genes and infectious entities” GENES & DEVELOPMENT 18:470-485, 2004
  http://www.genesdev.org/cgi/content/full/18/5/470
(3) http://www3.gov.ab.ca/srd/fw/diseases/CWD/
(4) 2005年5月16日「食品に関するリスクコミュニケーション(米国産牛肉等のリスク管理措置に関する意見交換会)」
  http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/iken/txt/050513-1c.txt


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