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2007.12.4
 
 


榎茸の話…

朽木と なほおぼしめされそ 榎茸   服部嵐雪(1654〜1707年)

 美しい写真満載の、ある料理本を見ていたら、食材のタイトルが“えのきたけ velvet foot”となっていた。
 不勉強だから、こんな英語名を初めて知った。
  → [写真] 「Velvet Foot」 (Oklahoma Biological Survey) (C) Charles Lewallen

 写真を見るとわかるように、これは普段食べるエノキタケではなく、天然モノである。
 “velvet foot”と言うのだから、茸の柄にベルベット(ビロード)のような毛が生えているということだろう。スーパーで山積の特売“えのきたけ”は、柄が白いモヤシ状で、しかも表面はツルツルだ。生物学的には同じものかも知れぬが、全く違う食材と言ってよいだろう。

 さらに、気になったのは、タイトルでは“velvet foot”だが、本文では、“欧米ではウインター・マッシュルームと呼ばれています。”と記載されている点。“「ゆきのした」の別名があるように、冬きのこ。”だというのである。
 工場で年間生産する白いエノキタケに季節でも無かろう。まあ、モヤシのようなものである。モヤシに旬を云々する人はいまい。

 そもそも、「ゆきのした」とは、傘に雪がかぶっている情景を直裁的に表現したもの。冬、茸が無い時、唯一採れる喜びが溢れている感じの命名である。当然、天然品である。色は褐色で、工場生産品とは姿形が全く違う。
 最近は天然モノもお店に時々並ぶことがあるから、どんなものか食べてみた人もいるだろう。コレ、見た目だけでなく、食感も全く異なるのだ。
 (最近は新品種エノキタケも多いが、それとは違う。)

 ただ、モヤシ型エノキタケは、最近生まれた訳でもなさそうである。
 「なめすすき」とも呼ばれていたとされているからだ。
 なめ茸という名称は今でも使われているが、これにススキを付けている。ひょろひょろしたモヤシ状だったと思われる。天然モノはそれほど柄が伸びないようだから、昔から人工栽培品が出回っていた可能性がありそうだ。

 ウエブを眺めると、「本朝食鑑」に収載されている“恵乃木多計”の栽培例が掲載されていた。それによると、切った榎の木を穴倉に入れ、冷たい米のとぎ汁を注ぎ保管する方法がとられていたようだ。いかにもオーソドックスな手法である。光がささない栽培方法だから、現在のモヤシ型と似た茸になったと思われる。ただ、名称は“鼠茸”とされているから、昔の品種は白色ではなかったようだが。江東で“奈米須須岐”と呼んでいたとされている。(1)

 つい、長々と書いてしまったが、薀蓄を傾けたい訳ではない。

 名前が同じだというだけで、現実には全く違うタイプの食材を、料理のレシピ集で一緒に解説すべきではなかろう、と言いたいだけ。
 どうしても記載したいなら、生物学の本や、随想ではないのだから、それなりのことわり書きが必要である。

 意味もなく、英文名を紹介するのも、止めた方がよかろう。

 と言うのは、“winter mushroom”という名称紹介が、工場生産のエノキタケとして妥当か、疑問があるからだ。
 ウエブ辞書を引くと、“a viscid smooth orange to brown cap and a velvety stalk that turns black in maturity ”(2) どう見ても、“velvet foot”と同じ、天然榎茸だ。

 それなら、この名称でもかまわないと考える人もいるかも知れぬが、すでに“enoki”という英単語も存在するのだ。日本人顧客が多いハワイのスーパーでなくても、工場生産のエノキタケが登場し始めているから当然の流れだと思う。
 日本語の英語化が進んでいるのに、滅多に食べない天然榎茸の名称をわざわざ紹介する必要はなかろう。(American Heritage Dictionaryに収載されている位だから、印刷版Websterには“enoki”が掲載されている筈。(3))

 つまらぬことにこだわるのは、もう一つ問題があるから。
 欧米では、この手の茸はもっぱら中華系食材店で売られているからだ。ここでは、“winter mushroom”は珍しい名称ではない。欧米では天然榎茸に人気はないから、エノキタケではない。それでは何か。
 食材に興味をもって中華街を歩いたことがある人なら、とうにご存知だと思うが。

 実態がわからないから、海外に住んでいる日本人の食生活ブログを探してみたら、案の定。綺麗に“winter mushroom”が写っているではないか。
 そう、思っていた通り、“冬茄”こと、ドンコである。
 「先週末久しぶりに行ったアジア系スーパーで、主人が見つけた冬茄。
 英語でwinter mushroomと言うそうです。とっても肉厚。今夜の夕食は冬茄をたっぷり使ってみました。」(4)

 こんなことを書いていて、気になりだしたので、この料理本の他の記述も検討したくなってしまった。
 冒頭で、“袋のまま”の保管を勧めているが、これでよいのか。
 もちろん、面倒だから、そのまま冷蔵庫に放り込むのだが、それがお勧めすべき保管方法かは自明ではない。
 冷風圧で密着させたパッケージは、運び易いし、水分蒸発防止効果も抜群だが、家庭でそのまま保管した方がよいのだろうか。
 茸は、完全密閉した袋に入れると、かえって傷みやすくなると思っていたが、間違いだったのだろうか。

 と思って、調べようとしたら、つい気になる話を読んでしまって、中断してしまった。
 臭気判定士をされている方が“密封しておくと、発酵するのか 何なのか、もの凄い量のアルコールが出てきます。”というのだ。(5)
 そういえば、店の片隅に置きっぱなしになっている、廃棄品を見たことがあるが、袋内に液が溜まっていた。

 う〜む。

 臭気は産地で違うし、傘と柄も違うそうだ。品種の違いもあるかも知れぬが、培地の成分の差がでてくるということだろう。
 培地はオガ屑と言われているが、榎を使うことなどありえまい。入手し易い杉のオガ屑と米糠を混ぜるのが正統派で、コスト競争で勝ち抜こうと考えるなら、トウモロコシの軸を始めとして、様々な材料を試しているといったところだろう。臭いが違って当然だと思う。
 ・・・という話はどうでもよいのだ。
 実は、この方が臭気評価をしたのは、エノキタケでアンモニア臭を感じたとの話を聞きつけたから。そこで急遽実験したらしいのだが、アンモニア臭はなかったという。
 それなら、原因は。

 プロフェッショナルは証拠無しの推定を避けるから、どう考えればよいのかヒントが無いので残念だが、窒素分を豊富に含んだ培地があるということだろうか。

 ともあれ、密封すると発酵は必ず発生すると見てよさそうである。エノキタケの鮮度をどうやって見分けるのかよくわからないが、十分注意した方がよさそうである。

 --- 参照 ---
(1) 「本朝食鑑−もうひとつの本草学−」 キノコ・万華鏡  http://heterosophia.j-fas.com/wiki.cgi?page=%CB%DC%C4%AB%BF%A9%B4%
  D5%A1%DD%A4%E2%A4%A6%A4%D2%A4%C8%A4%C4%A4%CE%CB%DC%C1%F0%B3%D8%A1%DD
(2) http://www.websters-online-dictionary.org/definition/winter+mushroom
(3) Webster's Online Dictionary は未掲載 http://www.websters-online-dictionary.org/definition/enoki
  dictionary.com/American Heritage Dictionaryは既掲載 http://dictionary.reference.com/browse/enoki
(4) 「冬茄の美味しい料理 [おうちでごはん] 」 ニューイングランドライフスタイル [2007.2.25]
  http://blog.so-net.ne.jp/nelifestyle/wintermushroom
(5) においの事件簿(石川英一) 2006年12月18日 http://blog.smatch.jp/nioinojikenbo/archive/367
(俳句の孫引) 「食の歳時記百貨店 11月」  http://www.ami-yacon.jp/yume_hyakkaten/yume_haiku_shokusaijiki_11.htm
(エノキ茸のイラスト) (C) Hitoshi Nomura “NOM's FOODS iLLUSTRATED” http://homepage1.nifty.com/NOM/index.htm


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