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2008.6.24
 
 


栃の実の話…


 山川の 末に流るる 橡(栃)殻も
  身を捨ててこそ 浮かむ瀬もあれ

     空也上人絵詞伝 ・・・下句ばかり有名だが。

     左の写真は同種の米国の馬栗。欧州なら豚栗かも。


 栃の木は、温帯の落葉広葉樹林の代表的な樹木らしい。
 “西洋栃の木”と言われるマロニエ(紅花栃の木)は、街路樹としても超有名である。東京では、御茶ノ水にある山の上ホテルへの坂道で見ることができるが、これが小説家が滞在を好んだ理由のひとつでもあろう。
 しかし、栃木県でなくても、マロニエではなく、日本産の栃の木を街路樹にしようと努力はしたようである。なにせ、桜田通りに植わっているのだから。ただ、6月頃になると実が落下するので、(1)手がかかるが。

 結構、そこここに植えられているようだが、探そうとするとなかなかない。樹木そのものより、名前の方が有名というところだろうか。
 それは、樹木ではなく、郷土産品として、栃餅をよく見かけるからだろう。ただ、そんな名称がついていても、ピーナッツと同居していたりするものも少なくないようだ。
 多分、栃の実には惹きつける味か香りがあるのだろう。残念ながら、小生は食べてもよくわからなかったが、“実を粉にしておもちにするとほっぺたが落ちるほどおいしい”というのである。
 それに、“霜月二十日の晩、モチモチの木に灯がともるという言い伝え”(2)があるとか。縁起モノかも。
 まあ、実は栗より美しいから、子供には大人気な筈。

 どんな木かよく見たことがなかったので調べると、なんと幹の径は2mで、高さが25mに達する大木。しかも、水気が好きで、谷間のような低地に生えていることが多いとのこと。(3)
 これでは、植林事業の名目で、真っ先に伐採されそうだ。
 それに檜や杉はどこにでもあるので、最近は、栃の木が人気だとか。売れるならなんでも、というのが自治体の実態だから、そのうち消えていく運命だろう。

 それはともあれ、大木になれば、相当沢山の実をつけるに違いない。従って、数本あるだけでも、それなりの収穫量が得られそうだ。だが、この実、食用になるような代物ではないのである。
 形状は栗に似ているが、茹でる位では、苦くて、とても食べれないからだ。しかも、その渋抜き処理たるや、とんでもない労力を要する。(4)真似する気にならないほどの大手間。

〜 団栗の実 〜
生食可能 水晒後食
常緑樹 シイ
(ツブラジイ、
 スダジイ)
イチイガシ
カシ
(アラカシ、
 シラカシ)
落葉樹 ブナ クヌギ
ミズナラ
コナラ
 採取経済の時代なら、それも致し方なかろう。おそらく長期保存可能な食料としては優れていたということなのだろうから。しかし、今でも、同じ処理をして、食べなければならない必然性は極めて薄い。
 山のものが欲しいなら、もっと簡単に入手でき、処理もずっと楽なドングリ食もあるのだ。こちらの方が伝統として残りそうなものだが、全く逆で、栃の実を守り続ける人は少なくないのである。
 もっとも、それはシイやイチイガシが少ない地域だけだと思われるが、それにしても、実に不思議なこだわりである。

 それに、こんな厄介な実を食用としているのは日本位のものでは。
 Marrronnierという名前も、栗のMaronにつながっていそうだが、ヒトが食べたとの話はついぞ聞いたことがない。
 栃の木のラテン語名、Aesculusはaescare(食う)が語源だそうだが、“家畜の飼料などになるところから”(5)だ。実際、イベリコ豚もオークのドングリが餌ということで有名であり、マロニエの実も使われておかしくなかろう。
 どう見ても、ヒトの食べ物ではないのである。

 もしかしたら、栃の実の香りを嗅ぐと、縄文の血が騒ぐのかも知れぬ。

 --- 参照 ---
(1) 桜田通り「トチの実拾い」のお知らせ 平成19年版 http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/kisha/h19/0404.pdf
(2) ブラウンあすか: “斎藤隆介: 「モチモチの木」” 絵本ナビ みどころ http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?No=139
(3) 「こだわりのトチノキ学」 http://www.geocities.co.jp/NatureLand/6432/mokuji.html
(4) 「栃餅の作り方」石川県白山市白峰ロ 志んさ本舗 http://www.shinsahonpo.co.jp/tochi2.htm
(5) Atsushi Yamamoto: 「栃の木」 季節の花 300 http://www.hana300.com/tochin.html
(句の孫引先) [Wikiquote] http://ja.wikiquote.org/wiki/%E7%A9%BA%E4%B9%9F
(Aesculus hippocastanumの写真) [Wikipedia] Photo by sannse Horse-chestnut 800.jpg
  http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Horse-chestnut_800.jpg
(読んでいないが参考になりそうな本) 谷口真吾/和田稜三: 「トチノキの自然史とトチノミの食文化」 日本林業調査会 2008年2月
  http://www.j-fic.com/bd/isbn978-4-88965-178-2.html


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