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2008.7.29
 
 


無花果の話…

 餓死しそうな程腹をすかせたカラスが、
 全くの季節外れだというのに、
 いくつか実をつけたイ チジクの木にとまり、
 実が熟すだろうと期待して待っていた。
 キツネがそれを見てこう言った。
 「まったくあなたときたら、
 悲しいかな自分自身を欺いて、
 希望の虜になっていますが、
 そんな 希望は偽りであって、
 決して実を結ぶことなどありませんよ」

  ----- Aesop


 イチジクは「無花果」と書くが、粒つぶが花だというから、(1)間違った表現だ。「一熟」にしたらよさそうなものだが、そんなことはどうでもよいと考えているのか、そんな主張をみかけたことがない。
 日本人にとってはそれほど重要な植物ではないということかも。それに、最近は売り場では実が並んでいるが、木のほうはさっぱりみかけなくなった感じがする。

 昔は、庭に植える家が多く、果実もさることながら、カミキリムシ採りが楽しめる場所でもあった。そんなことを考えると、結構、イチジクの木は人気があったのではないか。
〜 武州[埼玉]の昔の食べもの例(果実類等) 〜(2)
都市部
(購入品)
桃・栗・柿、梨・林檎・西瓜・真桑瓜
低地
(水田地帯)
桃・−・柿、李桃、無花果
台地 −・栗・柿
山岳部 −・栗
 実際のところはよくわからないが、埼玉の状況を見ると、比較的温暖と思われる地域の稲作農家はイチジクを栽培して食べていたようだが、寒さに弱いから、冷涼な畑作地域では避けていたのかも。一方、市街地の商家は購入していないから、流通はしていなかったようである。
 熟度を揃えるのは難しいし、実は潰れ易いから、面倒だったのだろう。今でも、熟しすぎや、その逆もあるし、熟度がよくても不味いものに当たることがあり、厄介さは変わった訳ではないが。

 日本人には、たいした思い入れがなさそうな果実だが、海外はまったく別である。
 別に、生ハムとイチジクとか、乾燥イチジク入りのパンをよく食べるという話ではなく、歴史と文化があるという意味。なにせ、1万1,000年前のヨルダンの遺跡で発見されており、人類最古の作物の可能性があるとされている位だから。(3)
 しかも、アダムとイブのお話に登場する。キリスト教圏でのイチジクへの親近感はただならないものがありそうだ。[創世記3章7節](4)

 ついでながら、エデンの園で食べた果実だが、上記の聖書ではどこにも林檎とは書いていない。お話の流れから見れば、イチジクと読む方が自然だと思うのだが。
 どうも、イスラエル辺りはもともとイチジクが多かったようで、聖書には、よく登場してくる。ただ、暗喩が多そうで、実に意味深長。よく知られているのが、信じるとその通りになるとイエスが諭す場面だ。
 空腹になり、葉の茂ったいちじくの木に近づき、実がなっているかみると、葉ばかり。そこで、実をつけるなと言うと、その翌朝、木が枯れていたというのである。 [マルコの福音書1](5)

 先の林檎同様、説明が無いと、この解釈は簡単ではない。信じることの重要性を語るなら、別の話でもよさそうなものという気もするからだ。つい、イチジクの木が枯れた位でどうということもないように思ってしまう。だが、イチジクは、エジプトでは神聖な木である。雌牛がシンボルのHathor女神の樹木だ。正確には、エジプトイチジク(Sycamore)らしいが。(6)神は、そんな樹木でも、枯らしてしまう力があるということ。

 古代の地中海沿岸での宗教にまつわるイチジクの話をとりあげたが、東洋でも、イチジク属で見れば、宗教的な意味付けがある木がずらりと並ぶ。
  ・インド菩提樹は仏教の聖木“bodhi”
  ・フサナリイチジクは“優曇華[うどんげ]”[3000年に1度開花し金輪王が現世に出現]
  ・ベンガル菩提樹はヒンズー教の聖樹“banyan tree”
 この木には力があるとされてきたのである。

 こんな心情を上手く利用したのが、ローマの政治家カトー[Marcus Porcius Cato Censorius(234-149BC)]
 晩年になってからだが、元老院で、立派なリビアイチジクを見せたりして、話す機会毎に“In my opinion, Carthage must be destroyed.”と何度も主張したらしい。(7)船で3日の距離に敵がいる、すぐに叩くべしというのだ。
 現代でも、似た主張はよく耳にする。ともあれ、結局、カルタゴは滅びたのである。

 どうも、イチジクをタネにした話には、生臭さを感じる。
 そう言えば、沖縄では、ガジュマル(クワ科イチジク属)や桑(クワ科イクワ属)の木には、極めて人間的な精霊“キジムナー”が住むとされている。悪さをする霊ではないが、一たび恨みを買えば徹底的に祟られるという。確かに、そんなものかも知れない。

 --- 参照 ---
(1) イチジク(無花果)Shigenobu AOKI-BotanicalGarden http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/itijiku.html
(2) 「伝承写真館 日本の食文化(4) 首都圏」 農山漁村文化協会 2006年、34-35頁
(3) Ann Gibbons: “Ancient Figs Push Back Origin of Plant Cultivation” Science Magazine 312 [2006]
(4) [Japanese Living Bible] http://www.ibs.org/bibles/japanese/pdf/ot/genesis.pdf
(5) [Japanese Living Bible] http://www.ibs.org/bibles/japanese/pdf/nt/mark.pdf
(6) http://www.touregypt.net/featurestories/trees.htm
(7) Plutarch: “The Parallel Lives”vol.2 - The Life of Cato the Elder, 27[Bill Thaver英訳]
  http://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Plutarch/Lives/Cato_Major*.html
(8) 「キジムナーのしかえし」 福娘童話集-沖縄県の民話
  http://hukumusume.com/douwa/pc/minwa/09/29.htm
(Aesop寓話の出典) Pe126 Cha160 H199 TMI.J2066.2 (Aesop) hanama訳 「258 カラスとキツネ」
  http://www.geocities.co.jp/Bookend/9563/Aesop/Aesop1.txt
(イチジクの写真) [Wikipedia] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Fig.jpg


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