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2000.3.5
 
 


ヒトゲノム解読後の技術…

 ヒトゲノム解読が完成するとどのような研究競争が始まるのか。日本は欧米に出遅れたが、資源投入すれば簡単に追いつけるものなのか。---問題を整理してみよう。

 ゲノム解読が完了したからといっても、「モノ」を物理的に表記しただけだ。重要なのは、遺伝子やタンパク質が持つ機能を明らかにすることである。そうなると、まず不可欠な技術となるのが、膨大な情報から、細かな配列の意味や立体構造を推測する方法論といえよう。 こうした技術は、どのような分野の技術なのかが分ると、日本の技術開発ポテンシャルも見えてくる。(但し、ここでは、疾病側からの、遺伝子構造の問題を検討する技術分野はとりあげない。)

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 ヒトゲノム解読後の研究開発の出発点は、アミノ酸配列生成部分の同定だ。とてつもない膨大なデータから生成部分を発見するのだから、いわば、訳のわからない言葉の羅列のなかから意味ある語句を探し出す細かな作業といえよう。
 これは、学問分類からみれば、言語解析、あるいは数理科学に当たる。生化学者無しでは、探索の方法論は産まれないが、基本的にはコンピュータ科学の領域といえよう。次に、この個々の情報から、さらに核酸配列を調べ、遺伝子発現領域を予測することになる。生成部分解読作業が進めば、結果の量は膨大になる。このデータの洪水のなかから、精度よく予想できるかどうかは、当然ソフトの性能に依存する。例えば、制御因子がとりつく配列を検討しながら推測する方法論を見つける作業が鍵を握ったりする訳だ。
 ここは、数学者とコンピュータ屋の知恵の勝負となる。理論上、いくつかの方法論がありうる。しかし、実質的なコンピュータ処理ができるかどうかは、別な問題だ。従って、ハードで処理可能な程度で、推論可能なバランス感覚が成果を左右する。ということは、特定アルゴリズム開発によって、ハード上で高速演算が可能になったからといって、その技術が優位とは言えない。といっても、並列計算機技術の先端を走るものが、先端を歩めるのは間違いなかろう。
 一見困難そうだが、すでに解析がとてつもないスピードで進んでおり、これから最適アルゴリズムを考えるという、のんびりした研究では時代の波には乗れない。世界中の研究者が、競って、遺伝子の核酸配列を解き明かし、これに対応するアミノ酸配列を明らかにしているからだ。この公開データを利用でいるかどうかの方が、重要になって来た。このことは、次の研究ステップの競争力に大きな影響を及ぼす。

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 こうした配列解析の次に来るのが、当該アミノ酸配列を持った蛋白質の立体構造の推測作業だ。糸のように並ぶアミノ酸配列が、3次元では、どのような形態になるかを推測する作業だ。当然、完璧なコンピュータ・シュミレーション技術である。
 技術の流れからいえば、この形態を原理的に解き明かそうという流れがある。これは、高速大容量の並列計算機を稼動させ、強引に力で予測するものといえよう。原理は分子動力学だから、理論は単純明確だ。しかし、実用性の面では、今一歩である。成果は、コンピュータの力がどこまで向上するかにかかる。従って、金もかかるし、最先端のコンピュータ・アーキテクチャー技術に依拠する面が多い。(半導体チップが最先端かどうかとは関係ない。) 
 その一方、「学習」しながら推測するという方法もありうる。類似配列なら、同じような立体構造になるだろうという、経験論ベースの方法論だ。こちらの技術は類似性を評価する手法と、大規模検索技術で対応できる。予測そのものは、配列推測で培われたものが援用できる。この場合、経験論ベースであるから、知識の蓄積がモロにアウトプットの品質を左右する。こうした知識をどのように、大量に蓄積しているかで、競争力が左右されることは言うまでも無い。従って、世界中の公開データをどのように利用するかのノウハウと、世界のリソースを活用できるネットワーク運用システムが伴わないと、たいした成果は期待できない。ここで、戦うにはかなりの情報通信関連の投資が必要となる。生化学の研究開発だが、IT投資なくしては先に進めない。投資ができないなら、画期的なソフトを開発する以外、勝つ見込みは薄い。

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 立体構造が分れば、接触相手や結合の仕組みを予測できるから、発現機能も大方分る筈、という信念で進めている研究が、次のステップである。この分野になると、今まで生化学・薬物学で力を発揮してきた研究者の知見を活用できる。機能発揮の決め手は、結合の様子を推定することにほかならないから、自分達が知っているようなリガンドの存在を調べたり、リガンドかあるのかの探索を行えばよいのである。ここに至ると、「運」も大きく左右する。モノの形状を推測し、適合するかどうかを判断していく問題だからだ。
 流石に、現状のコンピュータソフトの力では、この問題への全面的対応は難しかろう。というのは、ここは生化学の領域であり、どのような反応がおきそうかの検討には、膨大な反応データが準備される必要があるからだ。反応シュミレーションをするのだから、データベースが無ければ、ソフトを考えても意味が無い。しかし、上記の研究開発分野での進歩を見れば、この問題も早急に解決される可能性が高い。今後、データベース化が進めば一挙解決できる。唯一のバリアは、データベース化に際しての標準化だけだろう。というのは、今のところ、どのように反応を記述するかの規格についての議論が欠落しているからだ。といっても、部分限定なら、その領域で先行している企業や研究機関もあるだろう。このままの体制で、標準化とデータ公開化が進まなければ、データ量の差で勝負がつく研究になりかねない分野である。
 しかし、単純な反応系の記述だけで、科学的解明はできない。道は遠いのである。反応といっても、現実には連鎖反応だ。連鎖反応系の化学は単純ではない。反応を制御する因子が複雑に絡み合う。この糸をほぐして、ようやくにして、始めて遺伝子発現の制御系が解明される。

 以上が、骨格を形成する技術要素群である。サイエンスとして最終段階まで詰めれば、ヒトの生体内の動きは解明され、健康の本質が見えてくる可能性が高い。

 産業化という観点からいえば、こうしたサイエンスの研究途中で新しい発想や発見が生まれても、なんらおかしくはない。物質の特性を探る作業を進めているから、新しい応用アイデアが生まれる可能性は高いと見る位が自然だ。但し、数理科学者やコンピュータ・サイエンティストでは、実用性あるアイデアを出すことは難しかろう。ここが、こうした研究の難しさだ。最も、こうした、難しさがあるからこそ、そこにイノベーションのチャンスがあると見るのが、この業界の常識である。


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