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2004.5.10
 
 


「体系的」分析は難しい…

 「科学技術指標(平成16年版) - 日本の科学技術の体系的分析 - 」(文部科学省 科学技術政策研究所 2004年4月28日(1))が発行された。内外の環境が大きく変化したから、前回の「平成14年版」を大幅改訂したという。

 「知識社会化」の深化が進み、知識生産の方法が変わったから、新しい視点が必要との主張がなされている。ネットワーク化が生産性に大きく係わるようになり、国際化と産学連携を重視すべき時代に入ったという。

 この主張に、反論する人はいまい。
 そして、世界から優秀な頭脳を集め、開かれた仕組みを作ろうと努力する米国と、相変わらず異能は流出し、海外からの流入が少ない日本、との図式を想起してしまう人が大半ではないだろうか。
 ところが、この報告書はそうした論理展開には繋がらない。
 10年以上前に設定された指標を継続することが優先されているからだろう。

 そのためどのような不具合が発生しているか、ざっと見てみよう。

 ハイライトとして、冒頭にキーメッセージが掲げられている。「我が国の研究開発成果の質は着実に向上」したという。
 日本は「知識社会化」の流れに乗っている、と見なしたようだ。

 特許で引用数が上昇したから、質は向上したと記載されている。
 日本の特許の質が高まっているとの結論は正しいと思うが、特許の質を引用数の「平均」データで評価する手法には違和感を覚える。90年代に大いに流行った方法論だが、まだ使っているので驚いた。
 「環境が大きく変化」していると考えるなら、このような見方自体も変える必要があるのではないか。
 例えば、米国は、最近、相対引用度数が下がっている。そうなると、米国の質は下がったことになる。同じ理屈で、欧州各国は長期低落傾向、となる。日本が、「着実に向上」した一方、欧米は悪化している、とでも言うつもりだろうか。
 ビジネスマンが、そんな説に賛同するとは思えない。欧州は、重要な産業分野で質を上げた、と考えるだろう。そして、米国は、技術革新が激しい分野でさらに先を走っている、と見る人が大半ではないだろうか。
 そもそも、90年代から日本企業はコスト削減のために無駄な特許申請を抑制し始めた。そうなれば、1件当りの引用数は増える。一方、欧米企業は、日本企業を見習って、自社のコア分野の周辺特許出願の努力を始めたから、平均点は下がった筈だ。
 要するに、企業の方針転換で平均点が影響を受けたのである。引用が多い基本特許をどの程度おさえているかは、平均件数では読みづらくなってきたのである。

 そして、もう一つ重要なのが、分野問題である。産業全体に関係する重要な技術分野で力を発揮できるかで、国力が左右される時代に入ったからである。
 特に、日本にとっては、医療や航空機産業の技術をどう考えるかは、極めて重要な問題である。この技術が大挙して、基幹産業に入り始めたからである。
 この報告書には、この観点がすっぽりと抜け落ちている。ネットワーク化には、異業種からの技術移転が入らないのだろうか。

 論文引用シェアに関する記述も、問題だ。
 データを見ると、米国のシェアは約50%、EUは約40%、日本は9%という状況である。ビジネス界では、相対シェア比が3を超えれば、まともに戦えない。しかし、そのような危機感は無いようだ。日本の影響力は小さいが、シェアは増加していると指摘する。確かに、その通りではあるが、わざわざ「増加」と記載する意味など無さそうである。
 と言うのは、非英語圏の国々を見ると、ドイツ(約10%)、フランス(約7%)、イタリア(約5%)も同じように増加しているからだ。日本だけが特に伸びている訳ではないのである。非英語圏が英語コミュニケーションの領域に着実に入ってきたのではないか、と感じるデータに過ぎない。日本も同じペースで巻き込まれたようだ、というのが率直な印象である。
 (尚、論文における国際共著の観点で見れば、日本と米国が国際化で一番遅れている。)

 とはいえ、以上は、たいした問題ではない。問題は、「技術貿易の推移」の分析だ。これは、実態を反映しているとは思えない。
 記述を見てみよう。
 「近年、我が国の技術貿易は、技術輸出が技術輸入を大きく上回る割合で増加してきており、特に最近では技術輸出が急激に伸びている。」・・・その通りである。
 そして、「その中でも、特に自動車工業の寄与は大きい。」とされる。
 この文章から受ける印象は、技術貿易全体は出超で、自動車産業が特に凄まじい、という姿である。
 ところが、「2002年度における主要産業別の技術貿易額」のグラフを見ると、全く異なる印象を受ける。自動車工業分を除いてしまえば、輸出と輸入の額はほとんど変わらない。
 しかも、出超が目立つのは医薬品工業である。日本の医薬品産業が、技術で、欧米より優位と言えるとは思えないのだが。

 このような批判をすると、必ず、限られたデータから、大雑把に読むしかないから、致し方なかろう、との援護射撃がでてくる。これが一番怖い。理屈が通らない評価や、恣意的な見方が一人歩きしかねないからだ。

 実は、そうした危惧の念を抱かせる兆候が現れている。
 目的が理解し難いデータが、新規指標として、突如登場しているのだ。

 「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査報告」のデータが新たに記載されたのである。日本の大学教員の職務時間分析だ。時間の半分近くが研究、4分の1弱が教育に当てられている、と紹介されている。
 一番の問題は、この指標が「知識社会化」にどう係わるのか記載されていないことだ。
 読む方が勉強していないせいかもしれないが、このデータから何を読み取ればよいのか、さっぱりわからなかった。
 インプット量は、研究者数でなく、実際の充当時間で考えろ、という指摘なのだろうか。あるいは、教育に時間を割かないと、卒業生の「質」が低下すると見るのだろうか。社会貢献に時間を割いているとのコメントもあるが、科学技術力とは別に新たな見方を加える必要があるのだろうか。
 「体系的」とは、全体構造がわかり易いことを意味すると思うのだが、逆の方向に進んでいるように見える。

 とはいえ、以上はあくまでもハイライトに過ぎない。
 この報告書の肝は、「科学技術総合指標」による評価である。これによると、・・・
 ・ 競争相手は、米、英、独、仏の4ヶ国
 ・ 1位は米国で、日本は2位だが、その差は拡大中
 ・ 人口を考慮すれば、我が国は米、英、独より劣位
 ・ インプットとアウトプット指標比で見ると、日本の生産性は低いが、改善傾向

 「内外の環境が大きく変化」したが、「科学技術総合指標」の見方は10年前と余りかわっていない。
 それでよいのだろうか。

 EU は地域全域での人的流動性を高めることでイノベーション創出を狙っている。米国はアジア人を自国に取り込んで知恵を生む体制作りに余念がないし、アジア諸国との産業連結化で産業技術でも先頭を確保すべく動いている。こうした状況に合った見方が問われていると思うのだが。

 --- 参照 ---
(1) http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/rep073j/pdf/rep073aj.pdf


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