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2004.5.24
 
 


ディスプレー産業での挑戦状…

 日経サイエンス2004年6月号の特集は「未来のディスプレイ有機EL」である。(1)
 有機ELは、自発光するから、廉価なフルカラーが実現できれば、主流になるのは間違いあるまい。雑誌のタイトル通りの、キーデバイスと言える。

 しかし、騒がしい割に、技術の流れが今一歩はっきりしない領域だった。この特集で、流れがどうなるかかなり読めるようになった。
 もっとも、目玉であるHoward氏の記事には、日本企業の出番は少ないから、誰でも違和感を抱くだろう。
 一方、これに続く、城戸淳二氏のレビューを読むと、全く逆の印象を受ける。
 愛国心の発露合戦ではないかと思ってしまうほどの落差を感じる。

 おそらく、Howard氏の意見は、バイアスがかかり過ぎているため、城戸氏の主張を掲載することになったのだろう。お蔭で、後者もバイアスがかかっているように見えてしまうが、こちらの方が現実感覚に近いと思う。
 とはいえ、どちらもよくまとまっており、誰が先端を歩んでおり、どのように技術が流れそうか、洞察力を働かせるには最適な記事である。

 これに合わせたかのように、5月18日、40インチフルカラー有機ELディスプレイが発表された。(2)
 美しい画像で、完成度は高い試作品ではあるが、この記事を読んでいると、特に驚くようなものではないことがわかる。

 発表されたプロトタイプは4枚の基板を張り合わせたものだ。(3)
 つまり、低温ポリシリコンTFTの商業用最大基板を用いただけにすぎないのだ。
 低温ポリシリコンTFT型で、低分子有機EL素子を蒸着法で形成する方法はほぼ確立されている。この方式との大きな違いは、高分子有機EL素子をインクジェットで形成したという点である。しかし、インクジェット方式で有機ELディスプレイを作成すること自体は珍しいものではない。
 もちろん、商業ベースで超微細配線を行うためには多大な労力を要するが、技術蓄積があればそれほど難しくないと思われる。実際、2002年に、インクジェットで500nmの金配線描画が可能、と発表されている。(4)

 しかし、この発表には、正直、驚かされた。
 「2007年の製品化をめざして開発を進めてまいります。」との宣言がなされたからだ。
 僅か数年で商品が登場することになる。衝撃的発表である。

 というのは、インクジェット方式で長寿命化を実現するのは、極めて難しいと見られてきたからである。
 今まで発表されてきた高分子有機EL素子は、数千時間で明るさが半減してしまう。1日10時間使用すれば1〜2年で実用に耐えなくなってしまう。
 (もっとも、この見方では、プラズマディスプレーの発光寿命も不足気味と言えそうだが。)
 こうなると、安定性が高い低分子蒸着法で、発光寿命が多少短くても問題が少ない用途(モバイル向け)を対象にするのが「常識」となる。理屈から言えば、本命は、どう見ても大型ディスプレーだが、すぐには無理、と見る人が大半だったのである。
 この「常識」に従えば、2011年の全面デジタル放送に間に合わせる、との曖昧なタイムライン表現で発表する筈だ。
 ところが、この「常識」に挑戦すタイムラインが示されたのである。

 これは、業界全体がELに向かって動くことを狙った、強烈な一発ともいえる。

 かつての動きを彷彿させる、エンジニア集団の挑戦が始まったようである。

 この企業は、高額だが高精度印刷が可能なピエゾ素子で、安価なバブルジェット素子に対抗してきたのである。コスト上の不利を、フルカラーインクジェットプリンター市場を急速に立ち上げることでカバーしてきたのだ。技術競争を仕掛けることで、一気に市場を立ち上げてきたのである。
 同じことを、今度はELで始めるようだ。

 時あたかも、大型液晶/プラズマディスプレーの生産設備に巨額な投資を進めている最中である。
 2007年大型ELデイスプレー製品化宣言は、この動きに対する、強烈な挑戦状と言えよう。
 液晶もプラズマも、高収益を謳歌できるのは、数年しかない、と指摘したとも言えるからだ。

 いよいよ大競争時代の到来である。

 --- 参照 ---
(1) http://www.nikkei-bookdirect.com/science/item.php?did=55406
(2) http://www.epson.co.jp/osirase/2004/040518.htm
(3) http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0405/18/news033.html
(4) http://nano.nikkeibp.co.jp/members/DM/DMNEWS/20020416/6/


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