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■■■ ジャータカを知る [2019.3.30] ■■■
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🐊鰐は肉食の恐ろしい動物だが、アジアの棲息地では子供に人気を呼ぶような民話が必ずあるようだ。

インドには獰猛で有名な大型種もいるが、ガンジス川だと、口吻が尖った魚食性の種も多いらしい。
《クロコダイル/
  ●沼鰐Mugger/沼澤
  ●入江鰐Saltwater crocodile/灣
《ガビアル/長吻
  ●印度ガビアルGharial/恆河
《アリゲーター/
  ×揚子江アリゲーターChinese alligator/揚子鰐

何と言っても、日本で知られるのは、ガンジス川神のガンガーGangaの乗り物 鰐の"クンビーラKumbhīra/金毘羅"。
(鰐ではなく、鰐頭イルカ尾のマカラMakara/摩伽羅のこともある。)

と言っても、金刀比羅様を鰐神と考えている人はほとんどいないし、インド渡来の神将(宮毘羅大將@藥師經)[水運の神]であると聞いたところで、単なる断片的情報として受け止め、「ふ〜ん、そうなの」と聞き流すに過ぎまい。日本とインドの信仰スタイルは余りに違うのである。

ベナレスでの、とてつもなき大群衆のガンジス川水浴シーンの映像を見ればすぐわかること。流域に住む人々にとってのガンガーへの想いは、古代から特別なものがある訳だ。従って、人的被害が後を絶たない状態であっても、鰐を大切にする慣習は今もって続いている筈。

鰐信仰という点では、古代エジプトも有名だ。
鰐頭の軍神セベクSebekの神殿@鰐町クロコディポリスKrokodilópolisで、ナイル鰐が飼われていたというのだから。(聖なる鰐"ペトスコスPetsuchos")
こちらは、インドでの大衆的信仰とは性格が違う気がする。それこそ背教者を鰐神に捧げかねない雰囲気があり、祭祀者層が整備した細かな儀典に則って行われる儀式中心の信仰に映るからだ。

ジャータカでの鰐の描き方を見ると、アジア全般に広がっている鰐への親近感が根底に流れているように思われる。

鰐と猿の話[#208]のモチーフはおそらく各地の民話で見つけることができよう。・・・
妻が猿王の心臓をどうしても食べたくなったが、陸上の猿を獲ることはできないので、ガンジス川の鰐は一計を案じる。対岸は甘い果実だらけだから背中に載せて運んであげようと。いざ、溺れさせようという段になって、そんなことをする理由を正直に告白。そこで、猿は、肝心の心臓は木に掛けてきたから、それをあげようと。そうして上手く逃れることができた。そして、鰐にその愚かさを伝える。
日本では、民話の"猿の生肝"として、このモチーフが導入されている。日本には鰐がいなかったので、代替として海月が起用されているにすぎない。(竜宮の乙姫様を病気から救うため、海月が猿の肝獲りに出向くが、嘘を見抜かれ騙されて失敗。結果、制裁で骨抜きに。)しかし、鰐のイメージは持っていたのは間違いない。「古事記」には和邇が記載されており、出産シーン描写から見てそれが鰐であることは間違いないと思われる。従って、"因幡の素兎"は同根と見てよかろう。
日本は猿が兎になっただけであり、これがインドネシアになれば豆鹿に変わる。猿、兎、豆鹿はいずれも頭の回転が良く、知恵者なのである。逆に言えば、鰐はすぐに騙されるボケ役ということ。獰猛なところもあるが、智慧が今一歩及ばないタイプなのだ。
つまり、水棲動物は陸上動物に喰われる存在であり、智慧で対抗する能力に欠けるということ。鰐は、水棲動物にしては例外的に力があるものの、知力を見ればその範疇から脱していないということになる。
それを端的に表現したのが、鰐で渡河(海)する情景。たまたまの同じ話が出来上がることは考えにくく、海伝いに伝播してきた話が受け入れられたのに違いなく、この地いいには文化的紐帯があると考えてよさそう。

ただ、猿を獲ろうとして見破られる際の智慧無き対応話[#57]は、他の動物でもありうる手のもの。例えば、岩の擬態に対して、岩なら答える筈だと猿が言うと、思わずその通りにしてしまいバレバレというような手の筋。これは、鰐に対する観念を利用した、教団内セクト対立に使うのにピッタリだったというにすぎないのではないかと思われる。

もっとも、鰐に格段の愛着があるという訳でもなさそうである。[#233]庭園で歌舞が始まると集まる魚に餌付けしている王にとっては、魚食のガビアルがやってきたら銛で突き刺せというのだから。当然ながら、悶絶死する訳で。

尚、鰐本生譚KUMBHĪLA[#224]には竹林精舍での高説ありとの序文と、詩文だけの本文があるのみだが、「猿王よ!四法(真実, 知恵, 自制, 信仰)で勝利せよ!」とのアジテーションと違うか。鰐は登場しないが、負けるなということ。鰐は、反旗を翻した智慧無し弟子の分派(デーヴァダッタ)を意味しているのでは。

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