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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.9.30] ■■■
[附 29] 「宇治拾遺物語」との関連
「宇治拾遺物語」とは、197話の平仮名本位和文体雑纂譚集。編纂者のセンスで配列されてはいるが、構想ありきの書には見えない。成立は1213+年とか。
すでに取り上げたように[→「宇治拾遺物語」的]、「宇治拾遺物語」のうち、「今昔物語集」出典と思しきものは80以上にのぼるという。(焼失した東大原本の唯一の校訂版を出した芳賀矢一はこの数は85であり、この故に、両者は同名同一書とみなしている。「宇治大納言物語」もその一名に過ぎないと断じている。)軽妙な調子で書かれており、あらゆる階層の人物話が収録されている上、風刺譚から笑い話までと、内容の幅が広い。なかでも、ユーモアのセンスと、民衆の生活感情が描かれている点での評価が高いようだ。
明らかに一般読み物である。

従って、単に引用しただけであって、両者には何の関係もないとみるべきである。

「宇治拾遺物語」は、さまざまな呪縛から解き放たれた喜びから書いて見たくなったのではないか。
冒頭の2譚が、よりもよって天皇の好色話なのだから。マ、その先もその手の話が多い。

仏教譚ももちろん収録されてはいるが、説教臭が感じられぬようなものが選ばれている。
そのような姿勢であれば、「今昔物語集」からの引用が多くなっても当然だと思われる。

しかし、ただ引用しただけではなく、その精神にも触れたようで、影響されていそう。
チラと眺めただけだが、同様に【ご教訓】部分を加えている話があるからだ。
こんな文章を付ける必要など全くないにもかかわらず。

この存在は、小生は重要だと思う。「今昔物語集」なら、紋切り型なら、こう見ることになってはおりますが、どんなもんでしょうかネとのお言葉かもしれないし。不要な、一行要約をつけていれば、こういうストーリーをお好みの方がいらっしゃるのですヨ、と書いているようなもの。

おわかりだろうか。

この譚は面白かったナ。さて、次はどうかな、という調子で読むなと書いているようなもの。

"・・・と語られている。"という末尾の文章でさえ、注意が必要な場合もある。釈尊のお言葉を伝える経典ではないからだ。
誰が何のために、この話を伝承しているのか考えてみたまえ、と問いかけているかも知れないのである。

「今昔物語集」を読んで、おそらく、自問自答したのであろう。その凄さに惹かれ、自分もご教訓をつけてみたいと思ったと見る。
もっとも、一種の手慰みに過ぎぬかも。時代が変わり、雰囲気も一変した訳で。

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