→INDEX

■■■ 今昔物語集の由来 [2019.7.21] ■■■
[21] 天狗
「山海経」西山経3の陰山には白首で榴榴音を出す狸的獣が登場するが、その名前が"天狗"。[→]
この山系では、玉山に獣のような西王母、長留之山には神 白帝/少昊が存在するような状況で、西山全体では"白"が目立つから、一種の方位象徴色だと思われる。

しかし、本邦の天狗と言えば、木の枝におり、そこから空を飛ぶ。特異とはいえ、基本的には人的な姿。ただ、その顔に一大特徴があり、赤顔で鼻が飛び出ている。妖術を使うとされる。
その由来はわかっていない。
見かけ、山海経の概念とは全く異なっているように映るが、山に居て、空を飛ぶ"狗"であると解釈すれば同じカテゴリーに属していると言えなくもない。

こじつけたいのではなく、「今昔物語集」での天狗の記述を眺めていると、そう見なさざるを得ないだけのこと。

そのあたりを取り上げてみよう。

先ず、注意すべきは、たまたま天狗話が収載されたということではなく、1つの重要なカテゴリーとして扱われている点。つまり、ここでの取り扱い方を読み解けば"天狗"の概念がわかる筈。
譚の数も多い。・・・
 【本朝仏法部】巻二十本朝 付仏法(天狗・狐・蛇 冥界の往還 因果応報)
  [巻二十#_1]天竺天狗聞海水音渡此朝語
  [巻二十#_2]震旦天狗智羅永寿渡此朝語
  [巻二十#_3]天狗現仏坐木末語
  [巻二十#_4]天狗僧参内裏現被追語
  [巻二十#_5]仁和寺成典僧正値尼天狗
  [巻二十#_6]仏眼寺仁照阿闍梨房託天狗女来語
  [巻二十#_7]染殿后為天狗乱語
  [巻二十#_9]天狗法師擬男習此術語
  [巻二十#11]竜王為天狗被取語
  [巻二十#12]伊吹山三修禅師得天狗迎語
#1〜12のうち、以下の2ツは題名は"天狗"ではない。もともとは、そのように扱うつもりだったが、いざ翻訳してみると、そういかなくなったのが欠文だろう。もう一つは、すでに取り上げた。天狗の妖術を習ったという話。
  [巻二十#_8]良源僧正成霊来観音院伏余慶僧正語 (欠文)
  [巻二十#10]陽成院御代滝口行金使習外術語 [→陽成院]
奇異譚で選定した話でも、翻訳過程で"天狗"のカテゴリーとみなされれば、同様に欠文にされている。このことは、"天狗"の概念は曖昧ではない可能性が高い。
 【本朝仏法部】巻十九本朝 付仏法(俗人出家談 奇異譚)
  [巻十九#34]比叡山天狗報助僧恩語 (欠文)
そして、なんといっても読み解くカギになるのは、非本朝版の譚。
 【震旦部】巻十震旦 付国史(奇異譚[史書・小説])
  [巻十#34]聖人犯后蒙国王咎成天狗

小生は、天狗の特殊性は、他の物の怪類や鬼とは違ってインターナショナルな性格に由来しているとみる。要するに、"外人"臭さが根底にあるということ。赤ら顔で、鼻が高くて目立つタイプということ。雅楽の舞踏で用いられる仮面表現と同じで誇張はあるものの、想像に基づく作りモノではない。
つまり、日本に棲んでいる天狗は、"外人"天狗の手先ということになる。

天狗が依って立つ思想というか、宗旨ははっきりしないが唯我独尊的体質が濃厚で、山岳宗教的なものだと思う。従って、山岳領域に入ってくる異教徒を侵入者とみなすことになる。
結果、天狗とは仏教修行者を障碍する存在とされてしまう訳である。「今昔物語集」的には、役行者のように仏法の範囲内に取り込めなかった山岳宗教家のうち、土着死霊的な鬼の類とは異なりインターナショナルな気質を持ち、移動を旨としている層を指しているのだと思う。
そこには、教団内での修行にあきたらずに脱仏教に走った仏僧も含まれていよう。仏教教団から見れば驕慢な僧が天狗道に堕ちたということになろう。

そのインターナショナルな気質という点を物理的に表現したものが、天狗は"臭い"という特徴。おそらく香辛料多食で、運動量や気候から発汗量が多く、入浴が少ないという生活習慣の違いから生まれる体臭の大きな違いを意味しているのだろう。ただ、そこに天狗道がからむと、"浄 v.s. 不浄"観念が加味されるから、厠とか糞尿の臭気とされることになるだけ。
そんな見方は、無理やり当てはめたのではなく、天狗的様相の"外人"が伝染性疾病流行に関係がありそうと感じたせいもあろう。口には出さないものの、その元は天竺かも、と見ていた可能性さえある。
大乗仏教化で世俗化が進み、南伝の純粋出家主義に傾く僧侶が生まれ、個別に教団から離別して山に 籠ったよいう動きをあらわしているとも言えよう。と言っても、本朝に天狗道という教団が生まれた訳ではなかろう。天狗はあくまでも個別の折伏対象であり、敵視といっても程度問題だろう。大乗であるかぎり、衆生救済を第一に考えるだろうから、教団は不可欠であり、孤立している天狗はいずれ吸収される運命と言えよう。

「今昔物語集」の天狗譚を俯瞰的に眺めれば、こんな結論になるが、これだけでは分かりにくいので、各譚を見ていこう。・・・

[巻二十#_1]天竺天狗聞海水音渡此朝語
天竺の天狗が震旦に入ろうとすると、海水が鳴っていた。
 「諸行無常。是法滅法。生滅々已。寂滅為楽。」
深遠な文言に驚き、是非にも邪魔せねば、と。
 震旦域に入っても鳴りやまず、
 日本近海でもかわらず。
 博多、門司を過ぎ、
 河尻から淀川へと、進むほど音は大きくなっていった。
 さらに、近江の湖に。
 そこで源流は比叡横川と判明。
その川を四天王や護法神が守護していたので、天狗はさらに驚く。
天童に音がする理由を尋ねると、
 比叡山の僧が使う厠から流れ出ているからとの答。
 天狗はこれで邪魔する気力喪失。仏教に帰依。
転生後は、醍醐天皇皇子有明親王の御子に。
 比叡山の僧になり、
 明救 浄土寺の僧正(25代天台座主)と呼ばれるようになったと。

天狗の本拠は天竺か。反仏教といっても、反撥して邪魔する程度との扱い。

[巻二十#_2]震旦天狗智羅永寿渡此朝語
震旦から智羅永寿という天狗が渡来。
 本朝の天狗に、僧侶と力比べがしたい、と。
そこで、比叡山大嶽の石卒都婆で試すことに。
先ずは余慶律師(20代天台座主)
 炎があがっているのが見えたので、智羅永寿はすぐに退散。
 本朝の天狗嘲笑。
次は、飯室の深禅権僧正(尋禅:19代天台座主 飯室は引退後籠った場所)
 智羅永寿は老師の姿で出ていったが、
 露払い役で鉄の杖を持つの制多迦童子に打ち払われてはかなわぬと逃亡。
本朝の天狗、震旦の面目をかけてなんとかしてください、と。
その後は、大勢の行列を従えた比叡山の座主 横川の慈恵大僧正(良源:18代天台座主…延暦寺再興の祖)
 怪しい輩がいないか調べる20〜30人もの小童部がおり、
 隠れていた智羅永寿は見つけられてしまったが、
 実情を語ると踏みつけられただけで放免してもらえた。
本朝の天狗の元に戻り、生仏のような人に悪さをさせるなど酷すぎる。
 腰が折れたと泣く。
 そこで、北山 鵜の原で湯治。
丁度その頃、樵がその湯屋に入ったがえらく臭かったから、それダとなった。

この譚は、謡曲「善界/是我意」に翻案されており、インパクトが大きい話らしい。
芥川龍之介も「邪宗門」で、智羅永寿と染殿の御后(#7)の名前が登場させている。・・・
よくものの草紙などに、震旦から天狗が渡ったと書いてありますのは、丁度あの染殿の御后に鬼が憑ついたなどと申します通り、この沙門の事を譬えて云ったのでございます。・・・私の覗きました時は、流れ風に散る神泉苑の桜の葉を頭から浴びて、全く人間と云うよりも、あの智羅永寿の眷属が、鳶の翼を法衣もの下に隠しているのではないかと思うほど、怪しい姿に見うけられました。
(「地獄變」にも:御承知でもございませうが、「智羅永壽」と申しますのは、昔震旦から渡つて參りました天狗の名でございます。)


[巻二十#_3]天狗現仏坐木末語
醍醐天皇期の話。
五条の道祖神辺りに、実が付かない柿の木があり、
 そこに仏が出現し光を放ち花を降らせた。
 詣でる人々でごった返す状態に。
仁明天皇の御子 大臣の源光は天狗の幻術と見抜き、
 せいぜい続けられるのは7日とみて、
 現場に出向いて一時に渡ってじっと見つめていた。
すると、羽が折れた屎鵄の姿になり落下してきた。
 そして、子供達に打ち殺されてしまった。
仏が木の上に突然出現する訳もなく、それを礼拝するなど愚かなこと
 と言い放って大臣はかえっていった。

外道は自滅ということか。道祖神とは本来的には外界から渡来する邪を避けるために祀るものであり、そこの木の上に居るということで、天狗が当てはめられたのだろう。
この話をママ受け取れば天狗とは屎鵄ということになるが、空を飛ぶということで鳶系のイメージが重なっただけでは。特定の鳥を仏敵にしてしまうのはいかにもまずかろうし、日本ではキメラ体にすることができないから。

[巻二十#_4]天狗僧参内裏現被追語
円融天皇が物の怪で長く患っていたが、高僧の祈祷がさっぱり効かない。
東大寺南の高山の聖人の加持祈祷を勧める者がいたので召すことに。
 出発し宇治に至るまで花が降ったという。
 加持もすぐに効き目が出て天皇全快。
5人の高僧が毎日祈祷しても駄目なのに、即座に霊験とは異なことと
 、その僧の居室に向かい念じると、
 倒れる音がして犬の糞の臭いが立ち込めてきた。
 僧は責めを受けると、助命歎願。
高山で天狗を祀っていたが、もう懲りたというのである。

天狗道的信仰にそれなりの存在感があったことを示している。教団型宗教ではないから、仏教と敵対的ではなさそう。
現代常識からすると、天狗道のどこが悪いのかはなはだわかりにくいストーリーである。

[巻二十#_5]仁和寺成典僧正値尼天狗
仁和寺の辰巳の方角にある円堂には天狗が居ると噂されていた。
成典僧正は、そのお堂で一人で修行していた。
 すると尼が入ってきて、傍らに置いた三衣筥を奪って逃げた。
 追うと、木の上に。
 加持で木から落としたが、三衣筥の一部は破って持ち去られてしまった。
その正体は尼天狗と言われている。


[巻二十#_6]仏眼寺仁照阿闍梨房託天狗女来語
教徒東山 仏眼寺在住の阿闍梨 仁照の房に
 七条の金箔打ちの妻が布施を持ち訪ねて来るようになった。
ある時、他の僧侶が出払ってしまった。
 すると、女は突然、阿闍梨に抱き着いてきて離そうとしない。
 阿闍梨は不動明王に助けを求め強く握った念珠を床に叩きつけると、
 女は吹っ飛んでしまい、助けてくれと叫ぶ。
 東山の大白河に通うので、何時も房の上を飛んでいる天狗と白状。
 修行の鈴の音が聞こえるので堕落させようとしたのだ、と。
そして、憑いていた天狗が居なくなり、女は平常心を取り戻したのである。

仏僧の邪魔をするという、天狗の本分そのもの。

[巻二十#_7]染殿后為天狗乱語
染殿とは里邸の名称。
 文徳天皇の女御で清和天皇の母の、太政大臣良房娘 藤原明子[829-900年]の俗称。
 藤原氏摂関政治のハシリである。
大変な美貌の持ち主だが、
 865年頃から、物の怪に悩まされ祈祷の甲斐もなく表にもでられなくなってしまう。
天皇は、金剛山の聖人を召したところ、
 狐を捕らえ、その結果后は治癒。
 大臣は滞在させ、
 聖人は后に"愛欲の心"を覚え侵入し捕らえられる。
 "我 忽に死して鬼と成りて 本意の如く 后に睦びむ"と言い出す始末。
 厄介ということで山に放免。
 そして、断食死。
黒色の鬼と化し祟るが、高僧の祈祷で鬼は消え去る。
ところが、行幸先で鬼は后との艶事を見せつけたのである。

このどこが天狗なのかさっぱりわからない。

[巻二十#11]竜王為天狗被取語
讃岐の万能池でのこと。
龍が子蛇に変身して日光浴中、
 天狗でもある屎鵄にさらわれ、
 比良山の洞に閉じ込められた。
天狗は、同様に比叡山の僧も。
両者が一緒になったため、
 僧の持つ水瓶の水で龍は元に戻ることに。
 龍は、僧を送り届けてから天狗を探し出して蹴り殺した。


[巻二十#12]伊吹山三修禅師得天狗迎語
美濃伊吹山で念仏を唱える以外なにもしない三修禅師が
 ついに阿弥陀来訪と考えていたら
 天狗に騙されただけだった。
弟子が木に縛られた師を見つけたのである。


[巻十#34]聖人犯后蒙国王咎成天狗
深山で修行中の聖人が国王の后のなかで一番美人に恋慕。
懐妊で露呈し流罪に。
死後天狗の王になる。

力のある聖人が堕落すると天狗と化すというだけの話だが、中華帝国では、死霊は鬼神なのでゴチャゴチャになりかねない話である。

 (C) 2019 RandDManagement.com    →HOME