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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.8.11] ■■■
[42] 和歌集
【本朝世俗部】巻二十四本朝 付世俗(芸能譚 術譚)には、都合、81首の和歌が#31〜57譚に渡って所収されており、私撰和歌集的な風合いを見せている。

ただ、この手のお話和歌集には、小生は余り魅力を感じない。

もともと、和歌は背景説明はあってもせいぜいが備忘録的メモであるからこそ面白い。状況は推し量ると言うか、ある程度の知識を前提にして鑑賞するもの。ストーリーをつけてもらえると、素人としては有り難いが、面白さは半減。三十一文字にすべてを昇華してこその文芸であるから、説明されると喜びが損なわれる。私撰集は編纂が命であり、伊勢物語とは違うのである。

その選定だが、なんとなくバラバラ感がある。素人感覚でしかないが、選択と編纂のセンスが今一歩ということ。この箇所だけは、翻訳協力者の意向に沿った寄せ集めではないかと思うほど。

それと、藤原道信[972-994年]に限って、どうして20首も収載したのか、その意図もわからない。パトロンでもないのに。
(道信の父は、師輔九男 為光。[→藤原氏列伝]三男で兼家の養子として元服。中古三十六歌仙の一人だが夭折。家集からの収載と思われるが、様々な撰集に載る有名な歌以外を選びたかったようだ。世間的に、一番よく知られるのは百人一首か。
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな [後拾遺#672])

ひょっとすると、それは意図的なものかも。
歌詠み当代一流人と認定されてはいないものの、鑑賞眼の鋭さを自負している人々がおり、世の流れから落とされて消えてしまいかねない歌を皆で残しておこうと考えたのではないか。
そうなると、それを悟られないように、上手く選定する必要がある。出典がわかっているような和歌は実はお飾りだったりして。

和歌だけ並べておこう。・・・

[巻二十四#31]延喜御屏風伊勢御息所読和歌語
  伊勢御息所(藤原忠房の娘)1首
斎院の屏風に山道ゆく人ある所
散り散らず 聞かまほしきを ふるさとの 花見て帰る 人も逢はなむ[拾遺#49]
[巻二十四#32] 敦忠中納言南殿桜読和歌語
  藤原敦忠土御門中納言1首
延喜御時 南殿に散りつみて侍りける花を見て
殿守の 伴のみやつこ 心あらば この春ばかり 朝ぎよめすな[拾遺#1055]
[巻二十四#33] 公任大納言読屏風和歌語
  公任大納言(藤原頼忠の子)1首
紫の 雲とぞ見みゆる 藤の花 いかなる宿の しるしなるらむ[拾遺巻十六雑春]
[巻二十四#34] 公任大納言於白川家読和歌語
  公任大納言8首
北白川の山庄に、花のおもしろくさきて侍りけるを見に、人々まうできたりければ
春きてぞ 人もとひける 山里は 花こそ宿の あるじなりけれ[拾遺巻十六雑春#1015]
いにしへを 恋ふるなみだに くらされて おぼろにみゆる 秋の夜の月[詞花集巻十雑下#392]
すむとても いくよもすまじ 世の中に 曇りがちなる 秋の夜の月[後拾遺巻四秋上#257]
落ちつもる 紅葉を見れば 大井川 井堰に秋も とまるなりけり[後拾遺巻六冬#377]
ふる雪は 年とともにぞ 積もりける いづれか高く なりまさるらむ[後拾遺巻六冬#417]
おしなべて 咲く白菊は 八重八重の 花の霜とぞ 見えわたりける[後拾遺巻十七雑三#982]
思ひしる 人もありける 世の中に いつをいつとて すごすなるらむ[拾遺巻二十哀傷#1335]
山里の 紅葉見にとか 思ふらむ 散りはててこそ とふべかりけれ[後拾遺巻五秋下#359]
[巻二十四#35] 在原業平中将行東方読和歌語
  在原業平4首
唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ[古今#410]
駿河国宇津の山に逢える人につけて 京につかはしける
駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に 逢はぬなりけり[新古今#904]
五月のつごもりに 富士の山の雪白く降れるを見てよみ侍りける
時知らぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらむ[新古今#1616]
名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと[古今#411]
[巻二十四#36] 業平於右近馬場見女読和歌語
  在原業平4首
見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは あやなく今日や ながめくらさむ[古今#476]
  (返歌) 女
知る知らず なにかあやなく わきて言はむ 思ひのみこそ しるべなりけれ[古今#477]
  業平
かりくらし 七夕つめに 宿からむ 天の河原に 我はきにける[古今#418]
  (返歌)紀有常
ひととせに ひとたびきます 君まてば 宿かす人も あらじとぞ思ふ[古今#419]
  業平
あかなくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあらなむ[古今#884]
忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏みわけて 君を見むとは[古今#970]
[巻二十四#37] 藤原実方朝臣於陸奥国読和歌語
  藤原実方3首
やすらはで おもひたちにし あづまぢに ありけるものを はばかりのせき
見むといひし 人ははかなく 消えにしを ひとり露けき 秋の花かな[後拾遺#570]
子におくれて侍りける頃 夢にみてよみ侍りける
うたた寝の このよの夢の 儚きに 醒めぬ頓ての 命ともがな[後拾遺#564]
[巻二十四#38] 藤原道信朝臣送父読和歌語
  藤原道信20首
かぎりあればけふぬぎすてつふぢ衣はてなきものはなみだなりけり
あさがほをなにはかなしと思ひけむ人をも花はさこそみるらめ
みる人もなき山ざとの花のいろは中々かぜぞおしむべらなる
よそなれどうつろふ花はきくのはななにへだつらむやどのあきぎり
わがやどのかきねの菊の花ざかりまだうつろはぬほどにきてみよ
桂川月の光に水まさり秋の夜ふかくなりにけるかな
おもひいづや人めながらも山ざとの月と水との秋のゆふぐれ
おいのきくおとろへにけるふじばかまにしきのこりてありとこたへよ
ふくかぜのたよりにもはやききてけむけふもちぎりしやまのもみじば
きみがへむ世々の子の日をかぞふればかにかくまつのおひかはるまで
そむけどもなをよろづよをありあけの月のひかりぞはるけかりける
あまのはらはるかにれらす月だにもいづるは人にしらせこそすれ
別れぢのよとせの春のはるごとに花のみやこをおもひおこせよ
たれが世もわがよもしらぬ世の中にまつほどいかにあらむとすらむ。
あかずしてかくわかるるをたよりあらばいかにとだにもとひにおこせよ
ゆくさきのしのぶぐさにもなるやとてつゆのかたみをおかむとぞおもふ
いづかたをさしてゆくらむおぼつかなはるかにみゆるあまのつりぶね
あさぼらけもみぢばかくす秋ぎりのたたぬさきにぞみるべかりける
ながれくる水にかげみむ人しれずものおもふ人のかほやかはると
(参考) 上岡勇司:「道信和歌説話の形成--『今昔物語集』巻二四38を中心に」語学文学 (20), 1982年
[巻二十四#39] 藤原義孝朝臣死後読和歌語
  藤原義孝3首
時雨には 千草の花ぞ ちりまがふ 何ふる里の 袖ぬらすらむ[後拾遺#564]
着てなれし 衣の袖も かわかぬに 別れし秋に なりにけるかな[後拾遺#600]
しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘るべしやは[後拾遺#598]
[巻二十四#40] 円融院御葬送夜朝光経読和歌語
  朝光大納言1首
紫の雲のかけても思ひきや春の霞になして見んとは[後拾遺#541]
  行成大納言1首
遅れじと 常のみゆきは 急ぎしを 煙けぶりにそはぬ 旅のかなしさ[後拾遺#542]
[巻二十四#41] 一条院失給後上東門院読和歌語
  東門院(藤原彰子)1首
一条院うせ給ひてのち なでしこの花の侍りけるを 後一条院幼くおはしまして
なに心もしらでとらせ給ひけれは おぼしいづることやありけむ

見るままに 露ぞこぼるる おくれにし 心も知らぬ 撫子の花[後拾遺#569]
  2首(1首未収録)
一条院御時 皇后宮かくれたまひてのち
帳のの紐に結びつけられたる文を見つけたりければ
内にもご覧ぜさせよとおぼし顔に
歌三つ書き付けられたりける中に

夜もすがら 契りしことを 忘れずは 恋ひむ涙の 色ぞゆかしき[後拾遺#536]
知る人も なき別れ路に 今はとて 心ぼそくも 急ぎたつかな[後拾遺#537]
  (未収録 後拾遺逸歌)
煙とも 雲ともならぬ 身なれども 草葉の露を それとながめよ
[巻二十四#42] 朱雀院女御失給後女房読和歌語
  朱雀院女御の元女房助1首
拾ひをきし 君もなぎさの うつせ貝 いまはいづれの 浦によらまし
  (返歌) 太政大臣(藤原実頼)
たまくしげ 恨み移せる うつせ貝 君が形見と 拾ふばかりぞ
[巻二十四#43] 土佐守紀貫之子死読和歌語
  紀貫之1首
都へと 思ふ心の わびしきは 帰らぬ人の あればなりけり
[巻二十四#44] 安陪仲麿於唐読和歌語
  安陪仲麿1首
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも[古今#406]
[巻二十四#45] 小野篁被流隠岐国時読和歌語
  小野篁2首
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟[古今#407]
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ[古今#409]
[巻二十四#46] 於河原院歌読共来読和歌語
  紀貫之1首
君まさで 煙絶えにし 塩釜の うらさびしくも 見え渡るかな[古今#852]
  僧 安法君(恵慶法師)1首
月を見てよめる
あまの原 そらさへさえや 渡るらん 氷と見ゆる 冬の夜の月[拾遺#242]
 古曾部入道能因1首
としふれば かはらに松は おひにけり 子の日しつべき ねやのうへかな
  大江義時1首
さと人の くむだに今は なかるべし いたゐのしみづ みぐさゐにけり
  源道済1首
行く末の しるしばかりに 残るべき 松さへいたく 老いにけるかな[後十五番歌合#5]
[巻二十四#47] 伊勢御息所幼時読和歌語
  伊勢御息所(@幼時)1首
人知れず 絶えなましかば わびつつも なき名ぞとだに 言はましものを[古今#810]
[巻二十四#48] 参河守大江定基送来読和歌語
  女1首
けふまでと みるに涙の ますかがみ なれぬるかげを 人にかたるな
  (大江定基 返歌)未収録
[巻二十四#49] 七月十五日立盆女読和歌語
  女1首
たてまつるはちすのうへの露ばかりこれをあはれにみよのほとけに
[巻二十四#50] 筑前守源道済侍妻最後読和歌死語
  筑前守源道済の侍の妻1首
とへかなし いくよもあらじ つゆのみを しばしもことの はにやかかると
[巻二十四#51] 大江匡衡妻赤染読和歌語
  赤染衛門(大江匡衡妻)3首
かはらむと 思ふ命は 惜しからで さても別れむ ほどぞかなしき
思へきみ 頭の雪をうち払ひ 消えぬさきにと 急ぐ心を
我が宿の 松はしるしも なかりけり 杉むらならば 尋ねきなまし[後十五番歌合#6]
[巻二十四#52] 大江匡衡和琴読和歌語
  大江匡衡3首
あふさかの 関のあなたも まだみねば あづまのことも しられざりけり
河船に のりて心の ゆくときは しづめる身とも をもはざりけり
都には たれをか君は 思ひつる みやこの人は きみをこふめり
[巻二十四#53] 祭主大中臣輔親郭公読和歌語
  大中臣輔親3首
あしひきの 山郭公 里なれて たそかれ時に 名のりすらしも[拾遺#1076]
かずならぬ 人をのがひの 心には うしともものを おもはざらむや
さきの日に かつらのやどを みしゆへは けふ月のわに くべきなりけり
[巻二十四#54] 陽成院之御子元良親王読和歌語
  元良親王(陽成天皇御子)1首
大空に 標ゆふよりも はかなきは つれなき人を 恋ふるなりけり[続古今#1061]
  (返歌) 女
いはせ山 よのひとこゑに よぶこどり よばふときけば みてはなれぬか
[巻二十四#55] 大隅国郡司読和歌語
  大隅国の老郡司1首
年を経て 頭の雪は 積もれども しもと見るにぞ 身は冷えにける
[巻二十四#56] 播磨国郡司家女読和歌語
  播磨国の郡司の家の女1首
われがみは たけのはやしに あらねども さたがころもを ぬぎかくるかな
[巻二十四#57] 藤原惟規読和歌被免語
  藤原惟規1首
神垣は 木のまろ殿に あらねども 名のりをせねば 人とがめけり

もちろんのことだが、和歌は他巻にも登場してくる。・・・
《巻十七 本朝 付仏法(地蔵菩薩霊験譚)》
[巻十七#32] 上総守時重書写法花蒙地蔵助語
  少僧(@上総守 藤原 時重朝臣の夢)3首
一乗の みのりをあがむる 人こそは 三世の仏の 師ともなるなれ
極楽の 道はしらずや 身もさらぬ 心ひとつが なほき也けり
先に立つ 人のうへをば ききみずや むなしきくもの けむりとぞなる
《巻巻十九 本朝 付仏法(俗人出家談 奇異譚)》
[巻十九#_9] 依小児破硯侍出家語
  計6首
こころから あれたる宿に 旅寝して 思ひもかけぬ 物思ひこそすれ
あけぬなる とりのなくなく まどろまで こはかくこそと しるらめやきみ
むつごとも なににかはせむ くやしきは このよにかかる わかれ成けり
たらちねの いとひしときに きえなまし やがてわかれの みちとしりせば
なみだがは あらへどおちず はかなくて 硯のゆへに そめし衣は
むまたまの かみをたむけて わかれぢに おくれじとこそ おもひたちぬれ

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