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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.9.12] ■■■
[74] 虚空蔵菩薩
空海が「虚空蔵求聞持法」に従い、真言を百日間百万回口誦しあらゆる経典を記憶理解できるようになったとの伝承があるように、虚空蔵菩薩は無限の智慧を与えてくれるとされてきた。
そんな流れに乗る話が収載されている。
  【本朝仏法部】巻十一本朝 付仏法(仏教渡来〜流布史)
  [巻十一#_5]道慈亙唐伝三論帰来神叡在朝試語
この譚のメイン、道慈[n.a.-744年]については触れたが[→留学僧]、神叡[n.a.-737年]は捨象した。こちらの僧は虚空蔵菩薩から智慧を得ることになる。
 神叡は法相宗の僧で、留学している道慈には智で及ばす。
 心から、智恵を得たいと思っていたのである。
  そこで、虚空蔵菩薩祈願。
 大和国吉野郡の現光寺[世尊寺@吉野大淀]の塔頂九輪上に宝珠があるが
 そこには、虚空蔵菩薩が鋳付けてある。
 神叡はそれに紐をつけて引き祈った。
 数日後、夢に貴き人が出現。
  「観世音寺[@大和郡山]の塔の心柱中に、
    "大乗法苑林章/大乗法苑義林章"7巻が納めてある。
  それを取って学ぶがよかろう。」と。
 夢が覚めて後、神叡はその寺に行き、
  心柱を開くとその書があり、学んだのである。
 そして、大いに知恵のある人に成った。

話は、この後に、留学僧道慈との神叡(693年渡新羅)の競争となり、神叡智慧ありとなるが、結局のところ、神叡が元興寺で法相、道慈が大安寺で三論という分担に。
  [→木造法相六祖坐像(常騰,神叡.善珠,玄ム,玄賓.行賀)@(C)興福寺南円堂]

ところが、虚空蔵菩薩霊験の話となると、ほとんど収録されなくなる。菩薩感応話は巻十六が観世音菩薩霊験譚で巻十七が地蔵菩薩霊験譚で、そのなかに、文殊、普賢、弥勒が2〜3譚レベルと他はえらく軽視されている。虚空蔵に至っては僅かに1譚のみ。
藤原道長建立の法成寺には1020年に落成した地獄絵が描かれた十斎堂があるが、そこに安置されたのは、丈六金色大日・丈六阿弥陀・薬師・釈迦の如来像、普賢・勢至・地蔵・定光(燃燈)・観世音の菩薩像であり、虚空蔵の名前はない。
社会的に、虚空蔵菩薩信仰は敬遠されてしまったように見える。

この唯一の霊験譚話でも、実は、「虚空蔵求聞持法」とは一切かかわりがない。その肝は菩薩の心根であり、虚空蔵菩薩特有という訳でない。ジャータカ的に個々人の心情生活に合わせて臨機応変に説くというにすぎず、菩薩の慈悲的な姿勢に焦点があてられていると言ってよいだろう。
  【本朝仏法部】巻十七本朝 付仏法(地蔵菩薩霊験譚)
  [巻十七#33]比叡山僧依虚空蔵助得智語
 学問の志を立て、出家し比叡山に入った若い僧の話。
 修行に身が入らず、遊び惚けることが多かった。
 纔に法華経を学習はするものの。
 ただ、意思は捨てていなかったので、
  京の西端にある法輪寺に時折詣で
  虚空蔵菩薩に祈願していた。
 九月の法輪寺参詣でのこと。
 帰山予定が、友人との長話で日が暮れてしまい宿泊することに。
 知り合いも留守なので泊まる先を探した。
 袙を着た清気漂う従女が唐門前に立っている家があり、
  事情を話すと、主人がかまわないと。
 中に入ると清気漂う雰囲気。酒食でもてなされる。
 そして、奥の部屋の戸の隙間から、女主人が
  「これからも法輪詣の後にはお立ち寄りください。」と。
 夜が更け、寝付けないので庭に出てみると、
  女主人の部屋の雨戸に穴が開いており、
  覗いてみると、二十余の美女が双子を見ながら臥している。
 香も焚かれており、僧、興奮。
  "此の思を遂げずば、世に生て有るべくも思えで。"
 静まり返った頃を見計らって、遣戸を開け、抜足で部屋に侵入。
  "近く寄たる馥さ、艶ず。 衣を引開て、懐に入る。" 
 女主人驚く。衣を身に纏て、馴れ睦ぶる事無し。
 僧、辛苦悩乱。
 すると、女は、聞きたいことあり、と。
 「夫は今年の春に亡くなり
  睦じくしてもよいのですけれど、
  法華経を暗誦できなければ。」
 そこで、
 僧、頑張り20日ほどで暗唱できるように。
 その間、手紙を送ると、食べものが来るという調子だった。
 法輪寺に詣でて、初めての時と同じように訪問。
 食事をし、世間話などして、部屋にはいり
  早速、素晴らしい声で経典を暗誦。
 寝静まった頃、女主人のところへ入り込むが
  睦ぶる事無し。
 そして、言っておきたいことあり、と。
  お経暗誦だけでできた仲では長続きしません。
  人目をはばかる仲など嫌い。
  私のためにも、立派になって下さい。
  そんな人と、一緒になりたいのです。
  3年ほど山に籠って学問をして
  立派な学僧になって下さいまし。」と。
 僧はそれを聞いて、思い直し、帰山し
  心を尽くして肝を砕き学問に集中。
  「此の人に会はむ」との志が強固だったのである。
  3年分の学びをを2年でこなすほど。
  人に勝れて讃められる学僧になり、山で一目置かれる存在に。
 三年過ぎたので、彼の人に会おうと、例の如く法輪寺詣で。
 訪れると、座敷に通され、円座に座った。
 ご立派な学僧になられて、と言われ、
  それでは少しご質問をということに。
  かなり難しいものだったが、なんなく答える。
  話は続いたが、夜も更け、几帳の中に入り、
  女主人の傍らで横になる。
  しばらく、このままで、と言われ
   腕を回して話ているうち
   ついつい寝込んでしまったのである。
 ふと目を覚ますと、そこは芒が茂る野原。
 脱いだ衣が側に。寒いのでともあれ法輪寺に。
 お堂で仏像に祈っていたが、再度寝込んでしまった。
 すると夢で御帳から頭青き小僧が出現し
  私が仕組んだと告げる。
 才能がありながら努力せず、
  怠けて遊びに夢中。
  参詣しては都合の良いことをねだるだけ。
 思案の結果、女好きの性癖なので、
  これを利用して悟らせようとしたのだ、と。
 目覚めた僧は、
  虚空蔵菩薩があの女に変身して
  私を導いて下さったと感じ入る。

マ、「あなたしっかりやったわネ。それじゃご褒美。」で睦んだでは、文芸にはならぬ訳で、常識的なストーリーだが、僧の話なのに宗教臭がほとんどなく、インテリ好みのお話といえよう。

尚、この虚空蔵菩薩をご本尊とする法輪寺@嵐山中腹の丘だが、4世紀に渡来した秦氏が住んだ葛野にあり、713年行基が勅命で建立と伝わる。技芸に精進する願をかけ寺だったのかも。868年、清和天皇はその葛井寺を法輪寺と改名。その後、10世紀中盤には空也上人が参篭したという。

[ご注意]邦文はパブリック・ドメイン(著作権喪失)の《芳賀矢一[纂訂]:「攷証今昔物語集」冨山房 1913年》から引用するようにしていますが、必ずしもママではなく、勝手に改変している箇所があります。

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