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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.9.16] ■■■
[78] 大峰山
陶淵明:「桃花源記」[→大陸の桃信仰 2015年7月23日]を彷彿とさせる話が収載されている。

場所的には、大峰から入ったところ。

情報はこれしかないが、大胆な推定ができない訳ではない。
地理的にはこんな風に考えればよいからだ。・・・
○《金剛山地》は御所-南河内千早赤阪の境目の山々。
 金剛山1125m…吉野三所明神の神山
 湧出岳1112m
 大和葛城山959m
○《金峰山》は大峰山系のうちの吉野山〜山上ヶ岳の峯々の総称。
 高城山698m
 青根ヶ峰858m
 四寸岩山1236m
 大天井ヶ岳1439m
 山上ヶ岳1719m
○大峰山系のこの奥は2000m級に近づく。
 弥山1895m
 八剣山1915m
そして、
○《吉野三山》は五條-下市辺りの吉野川-丹生川流域。
 櫃ヶ岳781m…下方は丹生川、西北は金剛・葛城山 つまり、下市〜西吉野
 栃原岳/黄金岳531m
 銀峯山614m
さて、このような地勢のどこに迷いこんだかだが、小生は秋野川/あきつノ川流域と見る。地名では下市(市場町としての名前)。旧名は桃華里/つきのさととなかなかの情緒感。

下市と言っても下記のようにいささか広範囲であるが、そのうちの阿知賀郷と考える。
 大和国【吉野郡】下市
  安芸(秋野)郷
  丹生郷
  阿知賀郷

要するに、阿知賀一族の地ということ。どのような由緒があるのか調べていないが、違うと思われる地を除いていくとココではないかとなった。この地には、いかにも古代から祀られていそうな社がいくつかあり、それは多分、小部族単位の信仰のなごりと思われる。ここら辺りはもともと水神も多いし、なかには、朝廷に抹殺された土蜘蛛を祀っている社があってもおかしくない。特に、酒泉の水神ということなら、逃れてきた部族の安住の地というイメージにも適合しそうだし。現存する、勝賀宮/阿知賀社が「今昔物語集」譚の地かも知れぬ。
それを示唆する伝承や事物はなにも無いが。

さて、話の筋はこんなところ。・・・
  【本朝世俗部】巻三十一本朝 付雑事(奇異/怪異譚 拾遺)
  [巻三十一#13]通大峰僧行酒泉郷語
 仏道修行僧が大峰に入ったが道に迷ってしまい、
 分からないので、ただただ谷間の道を辿っていったところ、
 大きな人里が。
 どうやら助かったようだから、
 ココはどこか尋ねようと近づいて行った。
 すると、その村に泉があり、
 その周囲は綺麗に整えてあり、しかも屋根付き。
 水を飲もうとしてよく見ると水の色が黄色がかっている。
 さらにじっくり見ると、酒が湧き出しているのだった。
 不思議な事もあるものと眺めていると
 沢山の村人が現れ、
  「お前は何者だ?
   何処から来たのだ?」と質問される。
 そこで経緯を説明すると
  「こちらへ。」と連行されてしまった。
 雰囲気から殺されるのかという気もしてきた。
 着いたのは、大勢の人々が活動している大きな屋敷。
 主らしき者が出てきて、同じ受け答えになる。
 僧は、家にあげられて食事を頂くことに。
 そして、その主は若い男を呼び、いつものように、と命じた。
 僧は、どうなることやら、という気分。
 男について行くしかなく、山影に入った。
 すると、おもむろに男が口を開く。
  「実は、あなたを殺すように命じられております。
   帰ってから、この里を公言されてはこまりますので、
   処分することになっています。
   そのお蔭で、ココに酒泉郷あり、と誰もご存知ない訳で。」
 僧は泣いて許しを乞う。
  「私は仏道修行者。
   衆生を救おうと粉骨砕身の決意で大峯を歩んで来たのです。
   迷い込むとは思ってもみなかったこと。
   人間は必ず死ぬので、それを恐れることはありませんが
   罪が無い仏道修行者を殺せば、罪を犯すことになり仏罰が。
   どうか命だけはお救け下され。」
 男は、もっともだが、世間に知られてもこまる、と。
 そこで、僧は、絶対に口外しないと約束。
  救けてもらえば、そのご恩を忘れることなどないですし、と。
 結局、僧は誓言を立てることで、救けてもらうことに。
 男は、何回も、他言無用と繰り返した上で、帰りの道を教えた。
 それに従うと、やがて勝手知ったる道にでることができた。


この話の要は、なんと言っても"酒泉郷"という名称。

読者はインテリ層だから、それだけでピンと来た筈だ。
  「煖寒従飲酒詩序」 大江匡衡 [藤原公任[編]:「和漢朗詠集」下巻1018年]
 酔郷氏之国。四時独誇温和之天。
 酒泉郡之民。一頃未知沍陰之地。

もちろん、この酔郷は、人気の白楽天も用いている用語である。仏教徒ではあるものの、道教にも理解を示していることがわかる。当時の唐は、仙丹大流行だった訳で。
  「將至東都先寄令狐留守」 白居易 [全唐詩卷450]
 黄鳥無聲葉滿枝 閑吟想到洛城時
 惜逢金穀三春盡 恨拜銅樓一月遲
 詩境忽來還自得 
醉郷潛去與誰期
 東都添個狂賓客 先報壺觴風月知

  「醉吟 二首」 白居易
  其一
 空王白法學未得 女丹砂燒即飛
 事事無成身也老 
醉ク不去欲何歸
  其二
 兩鬢千莖新似雪 十分一盞欲如泥
 酒狂又引詩魔發 日午悲吟到日西


唐書の隠逸伝の筆頭 王績の「酔郷記」がモトネタである。[全唐文卷0132]
醉之郷,去中國不知其幾千里也。
其土曠然無涯,無邱陵阪險;其氣和平一揆,無晦明寒暑。
其俗大同,無邑居聚落;其人甚精,無愛憎喜怒。
吸風飲露,不食五穀,其寢於於,其行徐徐。
與鳥獸魚雜處,不知有舟車器械之用。
昔者黄帝氏嘗獲遊其都,歸而杳然喪其天下,以為結繩之政已薄矣。
降及堯舜,作為千鍾百壺之獻,因姑射神人以假道,蓋至其邊鄙,終身太平。
禹湯立法,禮繁樂雜,數十代與
醉郷隔。
其臣羲和,棄甲子而逃,冀臻其郷,失路而道夭,故天下遂不寧。
至乎末孫桀紂,怒而昇其糟邱,階級千仞,南向而望,卒不見
醉郷
武王得志於世,乃命公旦立酒人氏之職,典司五齊,
 拓土七千里,僅與
醉郷達焉,故四十年刑措不用。
下逮幽氏C迄乎秦漢,中國喪亂,遂與
醉郷絶,而臣下之愛道者,亦往往竊至焉。
阮嗣宗、陶淵明等十數人,並遊於醉郷,沒身不返,死葬其壤,中國以為酒仙云。
嗟乎,
醉郷氏之俗,豈古華胥氏之國乎?
其何以淳寂也如是?
今予將遊焉,故為之記。


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