→INDEX

■■■ 今昔物語集の由来 [2019.10.2] ■■■
[94] 鬼の醜草
忘憂草という漢字表現を用いると、どうしても忘れな草/勿忘草/Forget-me-notと勘違いしがち。それを避けるには、シオン/Tatarian asterか、全国的には使われない十五夜草とすることになる。ここで"鬼の醜草"などと言い出すと、そりゃナンナンダ、と言われること必定。
その"忘れることなきよう植える草"譚が収録されている。あくまでも、主体的行動のために供える植物であって、他者へお願いする"私をわすれないで下さいネ草"とは根本的に異なる概念である。

最後の巻に拾遺的収載されているが、鬼が墓守をしていて、当時の常識を覆す話なので、ココに入れ込むしかなかったのだと思う。

鬼の概念はわかりにくい。化け(動)物(狐/野猪)、物の怪(気)、死霊、妖怪、疫病神、等々、いくらでもあるようで、どのように峻別すべきか迷わずにはいられないからだ。なにせ、天狗を鬼と同列に扱ったりするのだから。[→天狗]
小生は、「今昔物語集」本朝部を俯瞰的に眺めると、鬼の一大特徴は、人喰い(食人)と言ってよいのではないかという気がするが、比喩や嘘で言っているシーンでなくとも人になんらの害も与えない鬼が登場してくる。すでにバラバラと出てはいるが、その代表を取り上げておこう。

どういう訳か鬼が墓守なのである。葬られた死者の守護役で、それに加えてその子も護ろうという話。害を与えないどころか、積極的に助力するのである。
鬼であると自己紹介しているし、成りすましとは思えない。・・・
【本朝世俗部】巻三十一本朝 付雑事(奇異/怪異譚 拾遺)
  [巻三十一#27]兄弟二人殖萱草紫苑語
 父親が死んでしまい、嘆き悲しみ続ける兄弟がいた。
 土葬したので、
  悲しい時は一緒に墓参り。
  涙を流し、生前同様に墓に語りかけるのだった。
 年月を経て、
  朝廷に仕える身となり多忙に。
  私事どころではなくなってしまった。
 そこで、
  兄は、
  このままでは慰められそうにないので、
  思いを忘れる萱草を墓の辺に植えることに。
  一方、弟は、いつも通りで、
  何かと言えば、お墓参りに兄そ誘う。
 しかし、都合がつかないことが多く
  一緒でのお墓参りはなくなってしまった。
  弟は、嘆かわしい気分に落ち込み、
  この先も忘れないようにと、
  紫苑を墓の辺に植えたのである。
 さらに年月が経ったが、
  弟は変らず墓参を続けていた。
 ある時、突然、墓の中から声が。
  「私は、お前の父親の屍を守る鬼だ。」と。
  恐ろしくなり、声もです。
  すると優しい声になり、
  「恐れるでない。
   父親と同じように、そなたを守ってあげよう。」と。
   そなたの父親への恋い慕う気持ちは変わらず続いた。
   しかし、兄は、忘れようと萱草を植え
   望み通り、父親のことを忘れることができた。
   一方、そなたは、紫苑を植え
   望み通り父親のことを忘れずにいることができた。
   その志には感心した。
   私は鬼だが、慈悲の心があり、哀悼心も深い。
   そして、一日に起きる事を予知できる。
   そこで、そなたに夢でこの予言を伝えよう。」と。
 弟は、これを聞いて涙を流して喜んだ。
 以後、鬼の言う通りになったのである。

〆は当然こうなる。
 「喜き事有らむ人は、紫苑を殖て常に見るべし。
  憂へ有らむ人は、萱草を殖て常に見るべし。」


それにしても、冒頭でForget-me-notとは違うと書いたが、その点で鬼の指摘は的確である。
忘れ草は、草に忘れさせる力がある訳ではなく、植える当人の心持ちを固定化するにすぎないのである。多分、忘れ草は墓地から消えてしまい、そこは弟が大事に育てている思い草だらけ。

この萱草/忘憂草の言い伝えは古い。と言っても、中国の言い伝えのママ移入と思われるが。
 忘れ草 わが紐に付く 香具山の
  故りにし里を 忘れむがため
 大伴旅人[「万葉集」巻三#0334]
 忘れ草 我が下紐に 付けたれど
  
醜の醜草 言にしありけり 大伴家持[「万葉集」巻四#0727]
 我が宿の 軒に子太草 生ひたれど
  恋
忘れ草 見れどいまだ生ず 柿本人麻呂[「万葉集」巻十一#2475]
 忘れ草 我が紐に付く 時となく
  思ひわたれば 生けりともなし
 [「万葉集」巻十二#3060]
 忘れ草 垣も繁みに 植えたれど
  
醜の醜草 なほ恋にけり [「万葉集」巻十二#3062]
紫苑/鬼の醜草[鬼乃志許草]/思い草も対比的に詠まれているから、上述譚はすでによく知られていたことになろう。
但し、紫苑は純然たる渡来植物。
 道の辺の 尾花が下の 思ひ草
  今さらさらに 何をか思はむ
 [「万葉集」巻十#2270]

 (C) 2019 RandDManagement.com    →HOME