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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.10.11] ■■■
[103] 犬譚
🐕狗人とは狗賓で[→]、犬/狗譚と別としたので、そちらも少しづつ見ておこう。

ヒトと犬とのお付き合いはいかにも古そうなので、ここらは厄介である。特に仏教徒サロンでは精神的自由を圧迫する儒教的色彩を嫌っただろうから、モトのお話とは違った展開になる可能性ありと見ておく必要があろう。

それに犬の場合は、猿と違って飼われているから、法華経講に静かに聴き入るような自由度は全く無い訳で。

ただ、優れた猟犬を欲しがる時代だったろうから、名犬話には事欠かずの筈。と言っても、外道の猿神退治のような形での助力なら意味もあろうが、狩猟お手伝い話では不快になるだけ。

そうなると、基本モチーフの枠組みは自然と決まってきそう。
なんと言っても、対大蛇だ。代替として、対熊でもよさげではあるが。・・・
 賢い愛犬が突然烈火の如く吠え始め、
 命令もまるで無視。
 主人、怒り心頭。
 犬の首を刎ねてしまう。
 すると、その首が宙を飛んで行って、
 主人を、今にも呑み込もうとしている大蛇に向かう。
 即座に咬みついて殺してしまい、
 主人の命を救ったのだった。
もちろん、吠え始める状況については様々。

この手の話が土台の「義犬塚伝説」は各地にあるそうだ。
(参考) 小佐々学:"「義犬」の墓と動物愛護史" 日本獣医史学雑誌54, 2017年

「今昔物語集」にも掲載されていると言われているが、実は同じではない。
猿譚でも、猿は誤って殺されてしまうことはなかったが、犬譚でも同じように、殺されずに済むのである。
殺されると、塚が聖なる地になり法会が営まれ、その供養ということで寺が創健されることになるが、その後も生きており主人と共に生活することになれば、そのような方向には進めようがない。

そのような典型は、近江湖東の犬上地域での伝承。
死んだ犬の頭と尾の神社が現存している。つまり、犬供養が根幹なのである。
但し、地名は尾だが、そこには胴を埋めた後に植樹したという犬胴松がある。
  《犬上神社》@犬上豊郷八目
  大瀧神社内《犬上神社》@犬上多賀富之尾
 ここでは犬の主人は稲依別王で大蛇退治にでかけてのこと。
 昼寝している時に事がおきた。
 愛犬の名は小石丸。

さて、それでは「今昔物語集」収載版。
  【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
  [巻二十九#32]陸奥国狗山咋殺大蛇語
 陸奥に住む賤き者の話。
 家に沢山の狗を飼っていた。
 いつもその狗共を引き連れて深山へ。
 猪、鹿等を咋殺させて取るのを昼夜朝暮の仕事にしていた。
 狗共は習熟し、主人が山に入れば、
 皆喜んで前後に立って進んで行く状況。
 そんなことで、世間では「狗山」と呼ばれていた。
 ある時のこと。
 例の如く、狗共を引き連れて山へ。
 以前から、食物持参で、2〜3日山で過ごすことがあり、
 大きな木の洞の中に入り、
 傍らに粗末な弓・胡・大刀を置き、
 前では火を燃やし、
 狗共を廻りで臥せさせてやすんでいた。
 沢山飼っている中で、
 殊に勝れ、長年に渡飼っている狗が
 夜更けになり、
 他の狗共がみな臥せったままにもかかわらず、
 突然起きて走りより、
 主人が寄りかかっている木の空洞に向かい、
 驚愕するほど吠えたのである。
 何を吠えてるのかと、そばを見たが、
 狗が吠えそうなモノは無い。
 吠えるのを止めないだけでなく、
 ついに、主人に向かって踊りかかりそうに。
 主人、
、「吠えるべきモノも無いのに、
  自分に向かって踊りかかるとは
  恩知らす。
  人無き山中なので、喰ってやろうということか。
  こ奴を切殺すか。」ということで、
 太刀を抜き脅しでも効果なし。
 激しさを増すばかり。
 このまま狭い場所にいては喰いつかれた駄目だと思い、
 空洞から飛び出したのである。
 すると、その 狗は、
 男が居た空洞の上の方に踊り上がっで、何かに咋付いたのである。
 その時、自分を喰おうとしていなかったことに気付き
 何に 咋付いたのか見てみると、
 上の方から器量なモノが落ちて来た。
 放免などせず、喰い付いているモノとは、
 太さ6〜7寸、長さ2丈の大。
 蛇は、痛く咋われ、堪えられずに落ちてきたのだった。
 主人、極めて恐ろしいと思ったが、同時に、
 狗の心が哀れに思い、太刀で蛇を切り殺した。
 その後、狗は蛇から離れ去ったのである。
 高き大木の空洞に大蛇が住んでいるとは知らずに、
 そこに寄り臥して眠っていたから、
 それを呑み込もうと蛇が下りてきて
 その頭を発見し、踊りかかって吠えた訳だ。
 そんなことも知らず、上も見なかったから、
 桑は我を咋むつもりと思い込んでしまい、
 太刀を抜き狗を殺そうとしたのだった。
 もしも殺してしまっていたら、
 どれほど後悔しただろうかと思うと
 寝ることができなくなってしまった。
 夜が明け、蛇の大きさと長さを見ると、
 なかば死んだような心地になろほど。
 寝込んでいて、この蛇が下りて来て、
 巻き付かれた どうなったことやらである。
 この狗は、この世に無き財と思いながら、
 狗を引き連れ帰宅。

ご教訓は冷静なもので、狗を殺していたら、自分も蛇に呑まれただろうとの当たり前の予測。
思慮深くと言ってもソリャ無理というもの。

/犬に対する見方がどのようなものかは、他の譚の方が分かりり易い。・・・
  【本朝仏法部】巻十三本朝 付仏法(法華経持経・読誦の功徳)
  [巻十三#_9]理満持経者顕経験語
 河内の法華経持者 理満の話。
 吉野山の日蔵
[905-967年@金峯山椿山寺]の弟子。
 仏道心発起頃、日蔵に随って、その心意のまま。
 ところが、理満聖人は、
 「我は
  世を厭い仏道修行はしているものの、
  凡夫の身であり、未だに煩悩を断つことが出来ない。
  愛欲の心を発してしまったらと思うと、
  それを止めるための、
  発心止の薬を飲みたいもの。」と願った。
 師はその薬を求めて来て、
 服用させたのである。
 薬験があり、女人への気持ちを長く断つことが出来た。
 日夜法華経を読誦し、
 住処も定めずに、あちこち流浪し、仏道修行。
 ある時、
 「渡し場で船で渡たす事こそ、際限なき功徳。」と思い付き、
 大きな入り江に行って住み付き、
 船を入手し度子
/渡し守になり、それを生業とした。
 又、ある時には、
 住居を京とし、悲田院に行き、様々な病に悩む人を哀れみ、
 願う物を捜して与えてあげた。
 こうして、色々な所へ行ったが、
 法華経読誦を怠ることはなかった。
 そうこうするうち、
 京の小屋での籠居が2年続き、法華経読誦を続けていた。
 事情は分からないが、
 家主が、「聖人の所行を見よう。」と、
 密かに隙間から覗いた。
 聖人は経机を前に置き、法華経読誦。
 見ると、
 一巻を読了して机上に置き、次巻を取り読もうとすると、
 前の経が1尺ほど踊り上がり、
 表紙まで軸で巻き戻されてから机上に。
 「奇異な事。」と思って
 聖人の御前に出て、こんなことができるとは
 御聖人は、只のお人ではございませんと申し上げた。
 聖人は驚いて、家主に
 思いもかけぬことで、決してこの事を口外せぬよう、と。
 理満聖人、夢を見た。
 
自分の死骸は野に棄て置かれているのだが、
 百千万の狗がそれを喰っていて、
 その傍に自分がいてそれを見ている
というもの。
 どうしてこのようなことが起きるだろう、と思ったところ
 空から音声。
  「理満。
   まさに知るべし。
   
これは本当の狗ではない。
   皆、仮の化身。
   昔、天竺祇園精舎で佛の説法を聞いた者達。
   今、お前と結縁するため、狗と化しているのだ。
」と。 
 そこで、夢から覚めた。
 その後、ますます心を込め法華経読誦。
 そして、誓を立てた。
  「もし極楽に生まれることになったら、
   二月十五日は釈尊入滅日だから、
   私はその日、この世からお別れしよう。」と。
 聖人が一生の間に読誦した法華経の数は2万余り。
 悲田院の病人に薬を与えたのは16度。
 最期に臨んでは、いささか病はあったものの、重病ではなく、
 年来の願いが叶って、宝塔品の偈文を誦しながら入滅。
 二月十五日夜半のことだった。

    「寶塔偈」
   此經難持 若暫持者 我即歡喜 諸佛亦然
   如是之人 諸佛所歎 是則雄猛 是則精進
   
是名持戒 行頭陀者 速(則)為疾得 無上佛道
   能於来世 讀持此經 是眞佛子 住淳善地
   佛滅度後 能解其義 是諸天人 世間之眼
   於恐畏世 能須臾説 一切天人 皆應供養


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