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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.10.12] ■■■
[104] 犬頭糸
犬譚だが、かなり毛色が違う、絹糸発生譚がある。
  【本朝世俗部】巻二十六本朝 付宿報
  [巻二十六#11]参河国始犬頭糸

三河/参河碧海六ッ美地区の地域名産品由縁の伝承話らしいが、三河豊川に現存する神社縁起が有名である。
  《犬頭神社》@豊川千両糸宅
     ご祭神:糸繰姫神,他 640年創建


Wikiには「今昔物語集」の粗筋が掲載されているので、ママ引用させて頂こう。・・・
 三河国の郡司は2人の妻に養蚕をさせていたが、
 蚕がみな死んでしまった本妻の元には夫も訪れなくなり、
 家は貧しくなった。
 ある日、桑の葉に1匹の蚕がついているのを見つけて飼うことにしたが、
 飼っていた白犬がそれを食べてしまう。
 蚕一匹のために犬を打ち殺す訳にもいかないと嘆き悲しんでいると、
 くしゃみをした白犬の鼻の穴から2本の糸が出てきた。
 この糸は引いても引いても出続けて、
 四五千両ばかり巻き取ったところで、
 糸は巻き尽くされたが犬も倒れて死んでしまった。
 妻はこれを仏の助けだったに違いないと思い、
 桑の木の根元に犬を埋葬した。
 ある日、たまたま夫が訪ねて来たところ、
 荒れた家の中には雪の様に白く光り輝く大量の生糸と、
 それを扱いかねた妻が一人座っていた。
 話を聞いた郡司は仏の加護がある人を粗末に扱った自分を悔いて、
 新しい妻の元に通わずに本妻の家に留まったという。
 犬を埋めた桑の木には沢山の蚕がついて素晴らしい糸が採れた。
 この話を国司に伝えたところ
 朝廷にも報告され、
 この後には「犬頭」という糸を三河国から納めることになり、
 この糸で天皇の衣服が織られたという。


ここ、三河豊川には"犬頭糸"の原糸生産だけでなく、製品まで一貫してつくりあげる産業が早くからできていたようである。
絹糸(《犬頭神社》)⇒繰布⇒衣服に合わせた神社が揃っているからだ。
  繰神社》@豊川東上権現
     伝457-479年創建

  《服織神社》@豊川足山田滝場[宝飯から移転]
     ご祭神:養蚕機織守護神天機姫命 伝457/490年創建


神社の場合、ご祭神はもともと祀られていた神が摂社的になり、後世勧請が表になっていることも多いのであげてはいないが、どうもここであげる神社の多くは、「日本書紀」に登場する保食神のようである。屍体の眉から蚕が生まれるからだろう。
伝創建年代の確からしさはなんとも言い難いが、雄略期の白犬登場から引いてきたとも解釈できそうな印象。
遣唐使で知られる犬上御田鍬の姓は犬頭とも書くとか言われているようだ、これは一理あるのかも。この地域に機織り女性が来訪し指導したことがこの産業定着の起源なのは自明だから。

尚、犬供養の視点では、犬頭神社はあくまでも頭を葬った場所になり、その足は足山田、尾は尾崎という地と見てよいだろう。原糸、織布、衣服の3社に"犬頭"ブランドを付けたことを意味していそう。

犬頭糸は三河岡崎でも生産されていたようで、こちらにも類似の由緒がある。
こちらは、頭と尾が揃ってはいるが足は無い。
  《糟目犬頭神社》@岡崎(碧海)糟目宮地[上和田より移転]
     祭神犬頭霊神 701年創建

  《犬尾神社》@岡崎下和田北浦
     987年創建


蚕飼育が壊滅し、それが復活というストーリーだが、ウイルス運搬者でもある蚕捕食者の鼠が原因であることが多い。三河の地では、ウイルス耐性の蚕一匹を見つけることができたということだろう。一方、鼠への対処はどの地でももっぱら青大将と飼い猫まかせ。ところが、この辺りではそうではなかったということでもあろう。
この地の河川が自然柵の役目を果たせるような流れになっていて、蚕の自然増殖が可能なほど桑がよく育ったのではあるまいか。その桑地での番犬の役割はとてつもなく大きかったと思われる。

こうまで書いておいてなんだが、岡崎市六ッ美の犬塚譚は14世紀中頃の成立で、その中身は、全国に広がる大蛇に食いついた愛犬譚と同じとの話もある。[→]
その辺りを考えると、もともとは犬とは狩猟における仲間ということで、ヒトの命を守ってくれたということでの供養が行われていたということか。それが、養蚕業に大きく変わっても、引き継がれたのでは。
一方、多くの地域では田畠耕作が主体となり、犬供養は影をひそめ、その名残としてお伽噺の"花咲爺"(室町末期成立)として精神の結晶化が進んだと考えると、流れが分かり易かろう。

犬を仲間とみなし、その霊はヒトと同レベルとして考えていた古代感覚がママ残っているのだ。従って、地域によっては、ヒトだけでなく犬も、利天に転生させてあげたいとの気分が高まってきて、犬供養法会が行われることになる。だからと言って、それがメジャーな動きにまでには至らずだ。仏教浸透で、殺傷を厭わない体質の動物は唾棄すべき存在と考える嫌犬者が一定数のレベルに達したということで。

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