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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.10.18] ■■■
[110] 双六勝負
命を賭けることになってしまった双六勝負の話。
その1。
  【本朝世俗部】巻二十六本朝 付宿報
  [巻二十六#23]鎮西人打双六擬殺敵被打殺下女等語
 鎮西に住むとある男は婿だったが
 やはり婿で、妻同志が姉妹なので、
 双六遊びをしていた。
 その御相手は、
 弓矢を常に携えており
 気性が荒い武者。
 勝負は、もともと、言い争いになりがちだが、
 ここでも、賽で論争に。
 そして、ついに喧嘩になった。
 武者は主人の髻を取って押さえつけ
 腰に差している刀を抜こうとする。
 ところが、刀の鞘につけた緒と
 が結びつけられているので、
 片手で緒をほどこうしても、
 主人が必死に刀の柄に取りついいるので、
 武者の力でも抜くことができない。
 そうこうするうち、
 遣戸に包丁がさしてあるのが荒武者の目にとまり、
 髻を取ったまま連れていこうと。
 「遣戸まで行ったら、突き殺されてしまう。
  これが最期だ。」と思って、
 念じて抵抗していた。
 主人の家であるから、
 台所では数多くの下女達が酒造りのため、
 杵で粉を搗いて大いに忙しい。
 そこに、徐々に引きずられていった主人が
 声を限りに、「助けてくれ! 」と。
 その時、家に男は一人ももいなかったが、
 粉舂女たちが聞きつけ、
 杵を提げて駆けつけた。
 「穴悲しや。
  主人を殺そうとは!」
 髻を取って武者を取り囲み、杵で打った。
 頭を強打され昏倒したところを
 さらに圧打され、打ち殺されてしまったのである。


その2。
  【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
  [巻二十九#30]上総守維時郎等打双六被突殺語
 上総守平維時朝臣は維将の子、名うての武士。
《坂東平氏系譜》 [→橘朝臣]
○国香
嫡男
○貞盛
二男
○維将

○維時
 公私に渡って、露ほども不安な事なし。
 その郎等に、通称 大紀二という者がいた。
 維時配下の数多くの郎等野中でも並ぶ者なき兵だった。
  背は高く、見目堂々、力強くて足は早く、
  肝っ玉が太くて思慮深い賢く、その手腕は並ぶ者なし。
 そんなことで。維時は一の郎等として使っており、
 微塵も不覚をとったことがなかった。
 ある日のこと、
 維時の家で、大紀二が同僚と双六を打っていると、
 賤らしき様子で、鬢が脹らんでいる小男が
 側に居て双六を見つめていた。
 大紀二が敵のよい目を打ち、考えていると
 小男は、
 「こう引いたらよい。」とよい手を教えた。
 その途端、大紀二は怒りを爆発させ、
 「愚か者の差し出口にはこうしてやる。」と言って、
 賽筒の尻で小男のを痛く突きあげた。
 小男は、突かれ、涙を流しながら、立ち上がり
 突然、大紀二の顔を仰向け様に突き上げた。
 大紀二は力は強いとはいえ、思いがけぬことで、
 仰向けに倒れてしまった。
 小男は自分の刀を持っていなかったので、
 大紀二が前に差している刀を押し伏せたままで引き抜いて、
 大紀二の乳の上を 思いのままに、一寸ほど突き刺した。
 そして、その刀を手に提げ踊りながら逃げて行った。
 対戦相手も見ているだけで、何もできず、逃げ去ってしまった。
 大紀二は急所を突かれたので、二度と起き上がれず、
 身体を反らして死んでしまった。
 その時、家中の者が大騒ぎしたが
 跡をくらまして失踪したので、どうにもならない。


両者ともに、ご教訓もなにもなかろう。双六で命を落としてしまう、兵の勝負に対する並々ならぬ姿勢を描いているにすぎまい。しかも、武力では相手にもならぬとつに足らない者に、反撃もできすにむざむざと殺されてしまうのである。つまらぬことで、馬鹿げた輩と呆れて見ている訳ではない。彼等が抱える幼児的な拘りと、乱暴者的に振舞うことを美と心得る文化の存在を確認しているに過ぎない。
白楽天の詩の入墨野郎、市場のチンピラ達の文化にも大いに関心を払った「酉陽雑俎」の著者と似たスタンスと言えよう。

大紀二に至っては、なんと、思慮深く賢いという評価なのですゾ、というところが肝。ここに「今昔物語集」の編纂者の気分がよく表われている。こういう人達と付き合っていかねばならぬのだから面倒ですナ、と言うところ。ただ、仏教サロンの人々にとっては、それも又、現世で生きる楽しみなのである。

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