→INDEX ■■■ 今昔物語集の由来 [2020.3.27] ■■■ [271] 釈尊誕生本生譚 その冒頭はもちろん"生誕"である。 【天竺部】巻一天竺(釈迦降誕〜出家) ●[巻一#_1]釈迦如来人界宿給語 言うまでもないが、釈迦牟尼仏出生にまつわる筋そのものは、多くの人がご存知でだから、「今昔物語集」版ストーリーを今更眺めたところでたいした価値はなかろう。 しかし、どのように扱っているか、感受性を研ぎ澄ませて読んでみると面白い。 編纂者の意図が透けて見えてくるからだ。 そもそも、釈尊が自ら前世の姿を語る、本生譚の体裁、つまり経典的な書き方を採用するかも気になるところだが、こんな観点でも見ておきたい。・・・ 仏典につきものの偈や賛辞の類はどうなっているか? 天から、佛が母の胎内に降りるにあたって、 天上での佛への対処はどのように描かれているか? 佛に選ばれた父母の、"聖"性を示す霊験は何か? ・・・等々。 そんなことで、小生はこのように感じた。 「今昔物語集」が仏教説話集として編纂されたなら、教祖 釈迦牟尼仏の生誕譚が冒頭に来るのは当たり前。しかし、そうだとすれば、聖なる佛として、尊崇を示すために様々な霊験や瑞祥話や、礼賛シーンが組みこまれることになろう。 ところが、結構、素っ気ない内容。 このことは、釈迦牟尼仏として描くのではなく、仏になられたヒトとしての釈尊について書き下ろしたと考えるべきでは。 そこらを実感できるように、経典と比較してみよう。 生誕話は様々な経典に登場するらしいが、わかりやすいのは下記だろう。 求那跋陀羅[訳]:「過去現在因果経」第一445-453年 ❶今昔、 | ❼となむ語り伝へたるとや。 ➀如是我聞: 一時佛在舍衛國 | (@舍衛國祇園精舎講堂。乞食〜食事後比丘達集合。) 「世尊!我等食竟澡漱已訖,故共集此各欲聞説過去因縁。」 | 佛:「比丘!過去無數阿僧祇劫,爾時有一仙人,名曰善慧,・・・」 | (菩薩から如来になる話が長い。) "釈尊が語ったと伝えられる。"という仏教経典の基本パターンではないから、どうということはないが、「今昔物語集」では菩薩行を語る部分はすべて割愛している。(自らの解脱ありきではなく、衆生救済を志向する大乗的説法部分。) ❷釈迦如来、未だ仏に成給はざりける時は、 釈迦菩薩と申して、兜率天の内院と云処にぞ住給ける。 「閻浮提に下生しよう。」と考えた時、五衰が現れた。 五衰とは・・・ 一 天人は瞬きしないのに、 瞬きするように。 二 天人の頭上の花鬘は萎むことがないのに、 萎んた。 三 天人の衣に塵が付くことがないのに、 塵垢が付いた。 四 天人は汗をかかないのに、 脇下から汗が出た。 五 天人はもとの位置に座って場所替えしないのに、 元の場所でなく、好きな場所に居る。 そこで、諸々の天人や菩薩はこの現象を見て、 菩薩に言ったのである。 「我等、動転の境地。どうか、その理由をお聞かせ願いたい。」 ➃既作此觀,又自思惟: 我今若便即下生者,不能廣利諸天人衆,仍於天宮,現五種相, 令諸天子,皆悉覺知菩薩期運應下作佛: 一者 菩薩眼現瞬動 二者 頭上花萎 三者 衣受塵垢 四者 腋下汗出 五者 不樂本座。 時諸天衆,忽見菩薩有此異相,心大驚怖,身諸毛孔,血流如雨, 自相謂言:「菩薩不久捨於我等。」 "天人五衰"条を、時系列的にわかり易くなるように前にもってきている。 ●− ➄爾時菩薩,又現五瑞: 一者,放大光明,普照三千大千世界; 二者、大地十八相動,須彌海水,諸天宮殿,皆悉震搖; 三者、諸魔宮宅隱蔽不現; 四者、日月星辰無復光明; 五者、天龍八部身皆震動,不能自禁。 是時兜率諸天,見菩薩身,已有五相,又復覩外五希有事,皆悉聚集,到菩薩所, 頭面禮足白言:「尊者!我等今日見此諸相,舉身震動,不能自安,唯願為我釋此因縁。」 菩薩即便答諸天言:「善男子!當知諸行皆悉無常,我今不久,捨此天宮,生閻浮提。」 于時諸天,聞此語已,悲號涕泣,心大憂惱,舉身血現,如波羅奢花; 或有不復樂於本座;或有棄其莊嚴之具;或有宛轉迷悶於地;或有深歎無常苦者。 爾時有一天子即説偈言: 菩薩在於此 開我等法眼 今者遠我去 如盲離導師。 又如欲渡水 忽然失橋船 亦似嬰孩兒 喪亡其慈母。 我等亦如是 失所歸依處 方漂生死流 了無有出縁。 我等於長夜 為癡箭所射 既失大醫王 誰當救我者? 滯臥無明床 長沒愛欲海 永絶尊者訓 未見超出期。 "天人五衰"が現れ、当然ながら、異常からどうしたかと質問することになるが、そういう単純なことではなく、人間界に行き救済するという決意に基づくものということは、薄々わかっていること。天人に動揺が走ったところで、それは尊崇の念に結びつく筈だし、釈迦の誓願を天界に示す大事変発生があってしかるべきだが、「今昔物語集」ではそのような話には一切触れていない。 ❸釈迦菩薩答える。 「諸行無常。我は、近々、天の宮を捨て、閻浮提に転生する。」 これを聞いて、諸々の天人は大いに歎いた。 ➅爾時菩薩,見諸天子悲泣懊惱,又復聞説戀慕之偈, 即以慈音而告之曰:「善男子! 凡人受生無不死者;恩愛合會,必有別離; 上至阿迦膩吒天,下至阿鼻地獄,其中一切諸衆生等,無有不為無常大火之所煎炙。 是故汝等不應於我獨生戀慕; 我今與汝皆悉未離生死熾火,乃至一切貧富貴賤,皆不免脱。」 於是菩薩即説偈言: 諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為樂。 天人の対応は、菩薩の"諸行無常"と"人間界転生"を嘆いたということしか書かれていない。実に淡泊そのもの。 天界での様子を記載する気は無いと言っているようなもの。 ❹かくして、釈迦菩薩は、 閻浮提で父母を誰にするか、考慮の上、 迦毗羅衛国の浄飯王と摩耶夫人を選んだのである。 ➁爾時善慧菩薩,功行滿足,位登十地,在一生補處,近一切種智, 生兜率天,名聖善白; 為諸天主,説於一生補處之行; 亦於十方國土,現種種身,為諸衆生,隨應説法; 期運將至,當下作佛,即觀五事: 一者 觀諸生熟與未熟; 二者 觀時至與未至; 三者 觀諸國土何國處中; 四者 觀諸種族何族貴盛; 五者 觀過去因縁,誰最真正應為父母。 觀五事已,即自思惟: 今諸衆生,皆是我初發心以來所成熟者,堪能受於清淨妙法, 於此三千大千世界, 此閻浮提迦毘羅斾兜國最為處中, 諸族種姓釋迦第一甘蔗苗裔聖王之後: 觀白淨王過去因縁, 夫妻真正堪為父母;又觀摩耶夫人, 父母の選択基準を意図的に取り上げていない。 貴種を選ぶ必然性が曖昧なせいもあるかも。 ❺癸丑7月8日、摩耶夫人に懐胎。 菩薩が六本牙の白象に乗って虚空より来たりて 右脇から身体に入る夢を見たのである。 瑠璃製の壺の中に物を入れたように顕著で、 驚いた夫人は、目が覚めると浄飯王のもとに行って、夢を語った。 すると王は同じ夢を見たと言う。 ➂壽命脩短,懷抱太子,滿足十月,太子便生, 生七日已,其母命終。 ➅爾時菩薩觀降胎時至,即乘六牙白象,發兜率宮; 無量諸天,作諸伎樂,燒衆名香,散天妙花; 隨從菩薩,滿虚空中,放大光明,普照十方; 以四月八日明星出時,降神母胎。 于時摩耶夫人,於眠寤之際,見菩薩乘六牙白象騰虚而來,從右脇入,影現於外如處琉璃; 夫人體安快樂,如服甘露,顧見自身,如日月照,心大歡喜,踊躍無量。 見此相已,豁然而覺,生希有心,即便往至白淨王所, 而白王言:「我於向者眠寤之際,其状如夢,見諸瑞相,極為奇特。」 王即答言:「我向亦見有大光明,又復覺汝顏貌異常,汝可為説所見瑞相。」 夫人即便具説上事,以偈頌曰: 見有乘白象, 皎淨如日月; 釋梵諸天衆, 皆悉執寶幢, 燒香散天花, 并作衆伎樂; 充滿虚空中, 圍繞而來下。 來入我右脇, 猶如處琉璃; 今以現大王, 此為何瑞相? 有名なので、懐胎譚と"夫婦同夢"を"一応"簡単に紹介しているだけとの印象を与える書きっぷり。このことは、父母についての記載を最小限にしたいということでもあろう。 大衆向け説話では考えられない方針と言えよう。 ❻この夢を自分達だけで解釈してはならぬということで、 善相婆羅門を招請。 妙なる芳香の花を飾り、種々の飲食で婆羅門を供養し、 夫人が見た夢について尋ねると 「ご懐妊なされた太子は、妙なる善相が色々とございます。 委細をご説明しかねますが、 簡略に申し述べましょう。 夫人の胎内の御子は、間違い無く光を現す釈迦族で、 出産後、光明を放つことになります。 梵天や帝釈天、そして皆が、恭敬することに。 この相は必ず仏になるべき瑞相なのです。 もし出家しないなら、転輪聖王として、 四方天下に宝を満たし、千の子を持つことになります。」 大王は、この婆羅門の話を聞いて、限りなく喜び、 諸々の金銀・象・馬・乗用車、等の宝を授与。 夫人も諸々の宝を施した。 婆羅門はこれらの宝を受け賜り、帰り去った。 ➆爾時白淨王,見摩耶夫人諸瑞相已,歡喜踊躍,不能自勝; 即便遣請善相婆羅門,以妙香花種種飲食而供養之。 供養畢已,示夫人右脇并説瑞相, 白婆羅門言:「願為占之,有何等異?」 時婆羅門,即占之曰:「大王! 夫人所懷太子,諸善妙相,不可具説,今當為王略言之耳。 大王當知,今此夫人胎中之子,必能光顯釋迦種族, 降胎之時,放大光明,諸天釋梵,執侍圍繞,此相必是正覺之瑞, 若不出家,為轉輪聖王,王四天下,七寶自至,千子具足。」 時王聞此婆羅門言, 深自慶幸,踊躍無量; 即以金銀雜寶象馬車乘,及以村邑,而用供給此婆羅門。 時摩耶夫人,以其婇女,并及珍寶,亦以奉施。 ところが、父母についてはしょって書こうとしている訳でもない。一般人と同じように、夢を見たので、その解釈を専門家に依頼するところは詳しい。もちろん、それは婆羅門。 釈尊誕生前の信仰状況を示している一節にもなっている訳だ。 (C) 2020 RandDManagement.com →HOME |