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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.4.18] ■■■
[293] 維摩居士
この譚は、「維摩経」をある程度知っている層を読者対象にして収録したのではないかと思われる。

本朝では経典より、山階寺の"維摩会"のご本尊[「維摩経」"文殊師利問疾品"]として名が通っていたこともあるし。[巻十二#_3][→法会一瞥]

現在も、興福寺/山階寺には、薬師如来の脇侍に維摩居士像と文殊菩薩が並んでおり、月光日光菩薩・十二神将ももちろん安置されている。法会の体制がママ保たれているのだと思われる。
マ、病気治癒に霊験ありと言えないこともないが、仏教に帰依する優婆塞にとって「維摩経」は特別なものというこ実生活を営む人々にとっては。観念論ではないから、えらく魅了的だっただろうし。
それは、現代人にも言えそうだ。

なにせ、釈尊口説聞き取りという体裁に全く意味がないという、稀有な経典なのだ。ここで思想を提起する主人公は、長者であり、完璧な俗人の維摩居士。しかも、議論に絡むのは弟子のみで、釈尊は弟子をそこに送りだしただけ。
つまり、"釈迦仏の教え"の書とは言い難い。その上、維摩居士はパーリ語系の経典には名前が無いとくる。こうなると、どうしても西域辺りで創作された可能性を感じさせることになる。(1997年大正大学調査団がポタラ宮@ラサで8世紀貝葉書写の梵語原典完本を発見。)

要するに、"だからこその大乗の凄さ"と、面白さを感じさせることになる。

と言うことで、当該譚をザッと眺めておこう。・・・
  【天竺部】巻三天竺(釈迦の衆生教化〜入滅)
  [巻三#_1]天竺舎離城浄名居士語
○浄名居士@新訳/維摩居士@旧訳は毘舎離城に住していた。
 生活している部屋は、一丈四方。
 ところが、この中に、十方の諸仏がやって来て、集まり説法。
 それぞれの仏は数知れないほどの数の菩薩や聖衆を連れて来ており、
 この方丈の室内を素晴らしくかつ荘厳に飾った座を設けた。
 32,000の仏がそれぞれ座して説法されたのである。
 数え切れない程の聖衆に喰え敢えて、居士も同席し説法を聴講。
 それでも、室内にはまだ余裕があった。
 これは、浄名居士の不思議な神通力のお蔭。
 それゆえ、釈迦仏は、この方丈の部屋を、
 「十方世界の浄土に優る、甚深不思議の浄土である。」
 とお説きになられた。
○この居士は、常に病気で病床の筵に臥していた。
 その時、文殊菩薩が居士の部屋を訪問。
 「我が聞くところ、
  居士は常に病床に臥し、悩まれているとのこと。
  そうなら。、どの様な病なのでしょう?」と申す。
 居士は、
 「我が病は、
  一切の諸々の衆生の煩悩の苦しみの病。
  我には、これ以外の病などありません。」と答えた。
 文殊菩薩は、その答えを聞き、歓喜してお帰りになられた。
○居士が80才ほどになり、歩行が容易ではなくなってしまったが、
 「釈尊が法をお説きになる所に詣でよう。」と思って出立。
 道程40里。
 居士はどうやら御許歩いて詣でることができ、申し上げた。
 「我、年老いたり。
  歩行も出来なくなったものの、法を聞くために
  40里の道を歩いて詣でました。
  その功徳は、どの位に値しますのでしょう?」と。
 釈尊は居士に答えた。
 「汝は法を聞くために来た。
  その功徳は無量無辺。
  汝が歩いてきた足跡の土を取って塵とし、
  その塵の数に従って、
  一つの塵が、一劫が該当。その間の罪が消滅する。
  また、命の永きことは、その塵と同じ。
  また、成仏も疑いない。
  おおよそ、この功徳は量り切れないのである。」
 とお説きになった。
 居士はそれを聞いて歓喜して帰られた。


上記の筋を読めばおわかりのように、「今昔物語集」譚では、「維摩経」の面白さは全く伝わってこない。
ふ〜ん、維摩居士という湯名な優婆塞はそういうお方か、ということになりかねない。俗人でも神通力発揮できるとの特徴が目立つだけだから。

しかし、「維摩経」を知っていると、成程、となる。
いくら高度に知的な思想家であっても、俗人はこの程度の紹介しかできぬ、との好見本だからだ。

換言すれば、「今昔物語集」編纂者は、「維摩経」を大いに気にいっているということ。だからこそ、巻三の頭に持ってきたかったのだと思う。
文殊、二大高弟(舎利弗と目連)より、高く評価しているといえよう。
おそらく、ここにこそ、大乗仏教の精髄ありと見たのだと思う。

【参考】 大衆部の経典[瞿曇僧伽提婆[譯]:「増一阿含経」巻三 弟子品 "増壹阿含經清信士品第六"]の《四十優婆塞》には 維摩居士該当者は見当たらない。・・・
  三果商客(優婆塞)…初聞法藥成賢聖證
  質多長者…第一智慧
  提阿藍(優婆塞)…神徳第一
  堀多長者…降伏外道
  優波掘長者…能説深法
  呵侈阿羅婆(優婆塞)…恒坐禪
  勇健長者…降伏魔宮
  闍利長者…福徳盛滿
  須達長者…大檀越主
  泯兎長者…門族成就
  
  生漏婆羅門…好問義趣
  梵摩兪(婆羅門)…利根通明
  御馬摩納(婆羅門)…諸佛信使
  喜聞婆羅門…計身無我
  毘裘婆羅門…論不可勝
  優波離長者…言語速疾
  殊提長者…喜施好寶不有悋心
  優迦毘舍離…建立善本
  最上無畏優婆塞…能説妙法
  頭摩大將領毘舍離…所説無畏善察人根
  
  毘沙王…好喜惠施
  光明王…所施狹少
  王波斯匿…建立善本
  王阿闍世…得無根善信起歡喜心
  優填王…至心向佛意不變易
  月光王子…承事正法
  造祇王子…供奉聖衆意恒平等
  師子王子…濟彼不自爲己
  無畏王子…善恭奉人無有高下
  頭王子…顏貎端正與人殊勝
  
  不尼長者…恒行慈心
  摩訶納釋種…心恒悲念一切之類
  拔陀釋種…常行喜心
  毘闍先優婆塞…恒行護心不失善行
  師子大將…堪任行忍
  毘舍御優婆塞…能雜種論
  難提婆羅優婆塞…賢聖默然
  謂優多羅優婆塞…懃修善行無有休息
  天摩優婆塞…諸根寂靜
  拘夷那摩羅…最後受證


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