[→本シリーズ−INDEX] ■■■ 古代の都 [2018.12.12] ■■■ [番外-12] 墓制と「古事記」 (7:"ドルメン") 出アフリカからユーラシア遠征の過程で、配石遺構が数々あるし、日本列島にも数は少ないし極めて小規模ではあるものの、存在している。 「古事記」の神生みの冒頭は石土と石砂の神々なのは、その辺りを反映している可能性がありそう。石については、どうも一家言ありそうな文化を形成していそうだからだ。 と言うことで、ザッと眺めておきたい。 誰でもが知る遺構としては、4500-4000年前の英国の環状列石[ストーンサークル]が有名。日食や月食も予測可能な、極めて精巧な天体観測施設であることが判明している。しかし、それが故に逆に神秘性が薄れてしまい信仰の核でなくなり、一挙に廃れたようである。 ところが、小規模ながら、日本にも類似遺跡が存在している。しかも、6000年前のまで存在する。両者が併行的に現れたと考えることもできるが、この文化には発祥元があり、その西端が英国の遺構で、東端が日本列島と考えることもできる。 ドルメン=支石墓の存在が海人交流の流れと見てとてると仮定しての話である。・・・ スカンジナビア半島沿岸〜独バルト海沿岸〜仏ブルターニュ地方〜英ケント地域〜イベリア半島大西洋岸〜地中海沿岸(南仏, 伊半島部)、黒海沿岸、紅海/ペルシャ湾沿岸〜アフリカ大西洋岸〜アラビア海沿岸〜ベンガル湾岸〜インドシナ半島/タイ湾沿岸〜インドネシアの海岸部〜中国東シナ海沿岸〜渤海湾沿岸部〜朝鮮半島〜九州北西部〜シベリア日本海沿岸 これこそが、東回りは曙光を目指す太陽の舟の道かも。つまり「古事記」の天鳥船である。 さてドルメンだが、板状石を土坑に被せる際に、直接土に接しないように支え石をいくつか置くという構造物。 日本では、九州西北部で一時的に見られる"支石墓"に当たる。それなりの数の遺構が見つかってはいるものの、その地で一世風靡したとはとうてい思えない。しかも、日本列島で全国的な広がった気配は皆無だし、玄界灘沿いでも東側には出現していないのだ。 ところが、そこいらじゅうに遺跡があるのが朝鮮半島。そんな地は世界を見回しても他にありそうにない。とてつもなく気にいったようなのだ。 そうなると、"なんであろうが朝鮮半島由来にしておけば無難"説で解決しておこうとしたくなるが、それが成り立たないのである。朝鮮半島と九州西北地域ではどう見ても出自が異なるからだ。 ●浙江 沿海域(温州 瑞安 浙南石棚)@3700年前…墓覆石[碁盤]タイプ(甕棺埋葬)発祥 九州北西地域@縄文時代最晩期@2500年前〜弥生時代前期に終焉 …ペア甕棺の土壙墓上に支石付き被せ石 ●山東 遼東半島@2500年前…祭祀室高天上石[テーブル]タイプ発祥 吉林 南部 朝鮮半島全羅北道以北…天上石[テーブル]タイプママ 朝鮮半島全羅北道以南…墓覆石[碁盤]タイプ化 朝鮮半島南西端@1500年前 おそらく、日本列島の方に早く渡来してしまい、その後の変形タイプの朝鮮半島型は嫌われたのであろう。 だが、そうだとすれば、古いドルメン型の墓が日本列島に広がってもよさそうだが、人的交流があった地域から外へは一歩も広がらなかったという点は特筆モノ。墓制登用の精神的バリアが極めて高かったことを意味していそう。 石信仰があるものの、その精神構造はなかなかに複雑であることがわかる。 そんなことを考えると、後世の石舞台古墳の扱いが気になってくる。どう見ても、それは墓暴き行為後の曝しモノ扱いであり、見せしめ以外のなにものでもない。リベンジはどこでもあるとはいえ、「古事記」から見て、好まれない仕業であり、大々的に行われているのは特別な思いがあったからだろう。 それは、この手の大型石室の存在が気に障ったということではなかろうか。「古事記」での墓の扱いははっきりしており、そこは現生と続くとはいえ異界である。行こうと思えば行けるし、現生人が入って戻ってくることは物理的に可能だが、そんな行為は禁忌であり、両者の境は石によって遮られており、万が一でも入ったりすればその穢れを徹底的に落とす必要がある。 にもかかわらず、石室内で祭祀を行う勢力が登場したりすれば、それは黙って見過ごす訳にいくまい。寛容を旨とする雑種を是とする地であってもこれだけは耐え難かったのではあるまいか。 鴨、大伴、物部、中臣=藤原にしても、どう見ても黒潮海人の系譜を大事にする氏族であり、そんな人々の心情を逆撫でする祭祀はまかりならぬというモニュメントと考えるべきでは。 日本列島に多い石遺構は、集団墓地の"環状列石"である。概ね、北海道〜東北地域であり、時に天体観測石遺構を伴っていることもある。 言うまでもないが、集落と集団墓地は親密な関係があり、"環状列石"の周囲に家屋という配置が多い。天体観測石遺構は、地理的に場所が限定されるので付近に存在するとは限らないが、ひとつのグループに含まれていたと考えるのが自然だろう。 想像に過ぎぬが、"環状列石"墓地とは、調達してきた石材から石器を製造するに当たっての重要な祭祀施設であったとも考えられ、当該集落外の人々も集まる場所だった可能性もあろう。 従って、"環状列石"墓とは、定住が難しかった時代の致し方無い風葬から、定住化して集落を形成できた嬉しさを祖先に感謝できる土葬への転回点を示す遺構とも言えよう。 言うまでもないが、沿岸域ではこれが貝塚葬となる。集落では貝殻が加工され、土器により大量に煮て乾燥させる作業が行われていたに違いない。 "環状列石"墓なき地には、おそらく、それに代わる"環状列木"土坑群があった筈。貴人の場合、墓には産土ならぬ産木が敷かれていておかしくないということ。それが日本的信仰というもの。 この風俗が、後世の巨大柱祭祀として引き継がれていると考えると合点がいくからにすぎぬが。 異なる文化圏ありとして分別することもできるが、文字でなく、互いに通じる話言葉を大事にしてきた故の一体性を護っているから、実は、信仰的に大きく異なる訳ではない。言語が違う大陸側と同様に考えるべきではないと思う。 例えば、一見すると、朝鮮半島のドルメンと九州北西域の支石墓は同類以外のなにものでもないが、基本設計思想が全く異なり、相容れない信仰を基底とする墓なのである。 ─・─・─ ここでの巨石遺構分類 ─・─・─ 🄼独石/メンヒル/スタンディング・ストーン モノリス(巨大一枚岩) 🅢列石(アリニュマン) ストーン・サークル(環状列石) _石座(ストーン・シート) 石台(ストーン・テラス) 🄳ドルメン/コインドル(*支石墓 or モニュメント)…列石を伴うことも多い 石室墓 _[例外的建造物]ピラミッド,スフィンクス,オベリスク ─・─・─ 日本の代表的巨石遺構 ─・─・─ [北海道] 🅢鷲ノ木遺跡@渡島 森 🅢忍路環状列石@小樽 後志 🅢地鎮山環状列石@小樽 🅢西崎山環状列石@余市 🅢音江環状列石@空知 深川 🅢神居古潭ストーンサークル@旭川 [青森県] ○上大石神巨石遺構 巨石群@三戸 新郷 下大石神巨石遺構 巨石群 🅢小牧野遺跡環状列石@青森 野沢 🅢大森勝山環状列石†@弘前 🅢太師森環状列石†@平賀 [岩手] 🅢湯舟沢環状列石†@滝沢 [†:円筒土器文化圏] 🅢釜石環状列石@八幡平 🄳遠野続石 🄼立石神社 立石 ○樺山遺跡配石遺構群@北上 稲瀬 [秋田県] 🅢大湯環状列石(野中堂+万座)@鹿角4000年前…日本最大外径(40m, 46m) 一本木後ロ遺跡環状列石墓 🅢深渡遺跡 環状列石@北秋田 森吉 🅢伊勢堂岱環状列石@北秋田 4000年前 [宮城県] 🄼金華山天柱石 🄼丸森町立石 [山形県] 🄼礫石 [福島県] 🄳観世寺「笠岩」巨岩群 🄳岩角山岩角寺巨岩群 ○石都々古和気神社 磐境@石川 🄼花塚山立石 [群馬県] 🅢野村天神原遺跡環状列石@安中 ○産泰神社 赤城山石山土石崩@前橋 [栃木県] ○寺野東遺跡石敷き遺構@小山 🄳名草巨石群 [茨城県] 🄳筑波山巨石群 [埼玉県] [東京都] 🅢田端遺跡環状列石@町田 [神奈川県] [山梨県] ○石割神社 石割山巨石@山中湖 平野 [長野県] 🅢阿久遺跡環状列石@諏訪 原…縄文時代前期(日本最古) 🅢上原遺跡環状列石@大町 平 [岐阜県] ○岩屋岩蔭遺跡/金山巨石群@下呂 金山 岩瀬 [静岡県] [愛知県] [新潟県] [富山県] [石川県] [福井県] [三重県] [京都府] [奈良県] ■酒船石 ■益田岩船 [和歌山県] ○琴引岩-神倉神社@新宮 [大阪府] [兵庫県] ■生石神社 石の宝殿 ○ゆるぎ岩@加西 畑 [岡山県] ○ゆるぎ岩-岩神神社@赤磐 惣分 [広島県] 🄳弥山巨石群 ○葦嶽山 巨石群@庄原 本村 鬼叫山 巨石群 🄳向島岩屋山巨石群 [鳥取県] [島根県] [山口県] [香川県] [徳島県] [愛媛県] 🄳高山寺山(西峰)巨石遺構 🄼立石山巨石群 [高知県] ○唐人駄場遺跡@土佐清水 松尾 《*:九州北西域には、細々した🄳支石墓が数多く見つかっている。 この一覧には入れていない。》 [福岡県] *志登支石墓群@前原 志登支 *石ケ崎支石墓@前原 三雲 [佐賀県] [→特集 佐賀県下の支石墓] *久保泉丸山遺跡 金立支石墓群 ○巨石パーク@佐賀 大和 下田山中 [長崎県] *原山支石墓群@島原 北有馬 [熊本県] ○トンカラリン@和水 清原台地[江田船山古墳]…布石積トンネル 🅢押戸石山巨石群@阿蘇 南小国 🄳雨宮神社巨石 ○拝ケ石巨石群@熊本 西 金峰山東門寺 🄳矢岳巨石群 ■阿蘇日中坊主 鏡石 [大分県] ○猪群山 石群@国東半島 豊後高田市臼野 ○米神山 石群@宇佐 安心院 🄼柱立神社 [宮崎県] ○母智丘神社 陰陽石@都城 [鹿児島県] 🅢山王岳環状列石@薩摩川内 祁答院 藺牟田 🄼吾平町 立神峡 [沖縄県] ◇斎場御嶽琉[=球王国聖地]@南城 知念 表紙> (C) 2018 RandDManagement.com |