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■■■ 「古事記」解釈 [2021.1.19] ■■■
[18] 天の概念を熟考していそう
太安万侶の序文は、当時の情勢を踏まえて、日本史をどうとらえるべきか、臣の立場から書いたもの。実際に読む、「古事記」の印象とはかなり違う。
そもそも、高天原には一言も触れていないし。

その辺りを確認しておこう。・・・

冒頭で、天地の根源の気とか天地開闢とは書かず、"天地"という用語を避け、さらりと、混元、乾坤、陰陽で済ませている。
"が初めて出てくるのは、安河に議により"天下"を平定する、という箇所。
但し、序文終わりの凡例的な記述では、
  自天地開闢始・・・上卷
  ~倭伊波禮毘古
天皇以下・・・中巻
  大雀
皇帝以下・・・下巻
とされているものの。

ガイストでも、百相續と書き、天皇とはしていない。形を整えた正調の漢文であるから、ここでの王は神ではない。
神倭天皇天劒を得る、ところで天皇となるのである。ところが、その次の文章では、賢后や聖帝という中国型表記に戻る。
そして、"曁飛鳥C原大宮 御大八洲天皇御世"との文章で再び天皇称号が使われる。当然ながら、天武天皇を指す。
そして、中華帝国型賛辞が記載されている。  時未臻 蟬蛻於南山 人事共給・・・
  ・・・昇卽
天位
そして、その意味を解説している。
  道軼軒后 …道では、黄帝を超越。
  コ跨周王 …徳では、周王を凌駕。
  握乾符  …天の認証符を入手。
  而 ハ六合 …東西南北天地を総括。
  得天統  …天孫としての系譜を獲得。
  而 包八荒 …絶縁な地の八方も統治。
   :

文末は、「古事記」編纂の天皇詔の意義を語ることになる。
  連柯幷穗之瑞 史不絶書
  列烽重譯之貢 府無空月
  可謂
   名高文命   
…文命=禹[夏朝]
   コ冠天乙 矣 …天乙=湯王[殷]
〆の一言は、以獻上者謹隨詔旨。

これを踏まえて、本文の冒頭を読むと、天の概念が全く異なることに気付かされる。ただ、センスの問題で、なにも感じない人が大多数なのでそこは誤解なきよう。
構造はこうなっている。

天地初發之時 於高天原 成~>
天之御中主~
 ▼+2柱=高天原3柱
 高御產巢日~・~產巢日~
  ▼+2柱=別天神5柱
  宇摩志阿斯訶備比古遲~
  天之常立~
   ▼+神代七代の独神2柱=独神7柱
   國之常立~
   豐雲野~
    ▼+神代七代の双神5組[男女対偶神]=計17柱
    宇比地邇~・[妹]須比智邇~〜伊邪那岐命・[妹]伊邪那美命
別天神は例外なく"ことあまつかみ"と読むらしい。
「古事記」では、"別"は多くの場合"わけ"で、珍しい訓と思うが、その違いが何を意味するのかは解説を見かけないのでわからないが、異=特別ということか。明らかに、別天神と神代七代を峻別して記述しているし、公的史書では記載されないから、それにふさわしい言葉にしたのだろうか。
すると、天神には、高天原天神>別天神>(一般)天神という序列が存在するということだろうか。
しかし、どうもそのような秩序はなかったようだ。
"天"との表記が全くされない、神代七代の國之常立~〜伊邪那岐命・[妹]伊邪那美命とその系譜の神はすべて(一般)天神とされていそうだからだ。"国生み"は諸々天神の詔で始まったのである。
  於是天~諸命以詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱~・・・
  賜
天沼矛・・・
  故二柱~立
天浮橋・・・
  於其嶋
天降坐 而 見立天之御柱 見立八尋殿
  :
  今 吾所生之子不良
  猶宜白
天~之御所 卽共參上請天~之命
  爾
天~之命以布斗麻邇爾ト相 而詔・・・
しかし、別天神の系譜とは一線を画す、地上担当の傍系が生まれた訳でもない。伊邪那岐命・[妹]伊邪那美命の誓約で生まれた三貴神が高天原の神として登場し、最終的には高天原を統治することになるからだ。

その過程で、高天原に居られる数多くの神々が続々登場してくる。一体、どの系譜に属するのかさっぱりわからない。
伊邪那美命の誓約で、三貴神が高天原の神として活躍できる根拠が記載されていないからだ。

天津神と國津神の概念がわかったようで、今一歩よくわからないのは、ココに起因する。

思うに、いずれも峻別すれども境界曖昧で、両義性と解釈せざるを得ない。その気になれば、異なる世界に移っていけるので、絶対的な位置で神を規定できないと考えるしかなさそうだ。・・・考えてみれば、異界への移動がいとも簡単にできる話だらけであり、そんなことは当たり前なのかも。

その辺りの観念は、大陸感覚の中華帝国の人々とは大きな違いかも。天はあくまでも遥か彼方の空の上の世界。交流は、煙による献上や巫やトによる天命拝領が原則となる。ところが、島嶼の海人の考える異界との境界は曖昧であり、天からの降臨が訳も無く簡単だし、訪問や移住もいつでもあり得る、ということか。

そうだとすると、"国生み"で天が接頭語になる嶋とは、異界=天からの神の渡来が多かったことを意味しているとみなすのが自然。九州・四国・佐渡や瀬戸海諸島は相対比較では稀だったということになる。
 【隱伎之三子嶋】⇒天之忍許呂別
 【伊伎嶋】⇒天比登都柱
 【津嶋】⇒天之狹手依比賣
 【大倭豐秋津嶋】⇒天御虛空豐秋津根別
 【女嶋】⇒天一根
 【知訶嶋】⇒天之忍男
 【兩兒嶋】⇒天兩屋


なんといっても圧巻は、これに引き続く"神生み"。大八嶋國で生まれた神々の御子には、国神だけでなく、天神も含まれているからだ。降臨だけでなく、昇天もあるとしか思えない書き方。
しかし、そのお蔭で、意味がわかってくる。風土的に、インターナショナル志向の天ッ神とドメスティック志向の国ッ神に別れ始めたのだろう。
海人だからといって前者とは限らず、土着の渡しの神や地場の漁撈の神だったりするし、山人も後者とは限らず、薬草や鉱産物探索で駆け巡る神もいる。両者ともに分化が始まったことを意味するのだろう。・・・
 速秋津日子 速秋津比賣 二~因河海持別 而生(8)~ 名・・・
  次 天之水分~ 次 國之水分~
  次 天之久比奢母智~ 次 國之久比奢母智~
 :
 大山津見~ 野椎~ 二~因山野持別 而生(8)~ 名
   天之狹土~ 次 國之狹土~
  次 天之狹霧~ 次 國之狹霧~
  次 天之闇戸~ 次 國之闇戸~・・・

ともあれ、天の神々と大八嶋國の神々の社会はhand by handで成り立っているとしか思えない表現と見てよいのでは。
つまり、國津神は大八嶋國土着で天津神は渡来という言い回しをするからわからなくなっているだけ。コンセプトとしては結構はっきりしているのではなかろうか。

ただ、現実的には、大山津見~の系譜がほぼ國津神に当たっていそう。
登場するのは4シーン。・・・
〇伊耶那岐命・伊耶那美命の"神生み"風の神・木の神・山の神・野の神
 野椎神と共に山野八神を生む(上記)
〇八俣の大蛇退治
 櫛名田比売の父 足名椎の親
   …爾問賜之 汝等者誰  故其老夫答言 僕者 國~大山津見~之子焉
〇須佐之男命@須賀の宮
 須佐之男命の妻 神大市比売の親
 八嶋士奴美神の妻 花知流比売の親
〇邇々芸命の結婚相手
 石長比売・木花之佐久夜毘売姉妹の親
ただ、渡来神と言えそうな記述もあるが、"渡しの大神"として芸予海峡を取り仕切ったのだから、その時点で土着神化してしまったと見るべきだろう。・・・
伊豫の國の風土記に曰はく、乎知の郡。御嶋。座す~の御名は大山積~、一名は和多志の大~なり。是の~は難波の高津の宮に御宇しめしし天皇の御世に顕れましき。此~、百濟國より度り來まして、(摂)津の國の御嶋に座しき。云々。御嶋と謂うは、津の國の御嶋の名なり。[「伊豫國風土記(逸文)」御嶋]

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