→INDEX ■■■ 「古事記」解釈 [2021.2.1] ■■■ [31] 本朝冥界観念の違いが鮮明 その一方で、海上遥かに存在する異界の存在が明瞭に描かれている。そこから渡来し、死後帰還して行く。そこは明らかに、地獄ではないし、天上でもない。 現世から訪問し帰還も可能な、仙界や桃源郷的なイメージと見ることもできないではないが、冥界と考えるしかなかろう。 このことは、本朝には、地獄観念が無かったことを指摘している可能性があろう。 そんなことを、ついつい考えてしまうのは、「今昔物語集」編纂者は、この点についてさりげなく、天竺・震旦・本朝の比較をしているからだ。 震旦譚の一大特徴は、怖ろしい地獄に堕ちることと、閻魔王の下で官僚システムが稼働している点ばかり描いているところ。説話集とみなす人だと、"だから善行を積め。"のクドイほどの収集と読むが、社会論として眺めるなら、天竺と本朝での取り上げ方の違いの鮮明さに気付かされる筈である。 天竺譚に至っては、死んだ息子に会いにいくと、愉しく遊び惚けていて親の訪問など眼中になかったりするのだから、冥界≠地獄ではないことが一目瞭然。 と言うことで、そこらを整理すると。こんな具合に。・・・ 震旦 黃泉/九泉 陰間/幽都…后土 地獄…閻魔王+陰司 (四裔[幽州 崇山 三危 羽山]) 天竺 パーターラpātāla…ヴァースキVāsuki[蛇王] 奈落naraka…ヤマYama[死神] 本朝「古事記」 黄泉の国[出入口:「黄泉比良坂」] ⇔高天原(来迎神の世界) 根之堅洲国[出入口:"木"/「黄泉比良坂」] ⇔現世 常世の国[大海渡航で到達の地] ⇔現世 本朝古代信仰 山上他界 本朝仏教 地獄 ⇔彼岸・浄土(来迎) ⇔普陀洛(渡海) 琉球@先島〜沖縄〜奄美群島 ニライカナイ(東の海の彼方にある神界:来迎&帰還後生の地) ⇔オボツカグラ(来迎神が座す天上山) なんといっても「古事記」の特徴は、ヒトの死期を左右する、死者収容地の権力(閻魔王)が登場しないこと。"死神"的存在は示唆されてはいるものの、表だって記載されている訳ではない。 さらに、天竺における蛇族の地下王国についても語られていない。オロチが英雄に殺されるモチーフは共通していても、大蛇が殺された後に行く先については書かれていない。それどころか、御諸山/三輪山の大物主神の化身が蛇かもしれないとされており、本朝では蛇神地下王国は存在していない風情である。 そもそも、黄泉の国という、冥界用語を使っているがはたしてそこが地下なのかと言うと疑問が湧く。丘にある横穴型の墓室イメージを彷彿させる描き方だからだ。 このことは、太安万侶は、本朝の冥界とおぼしき地が、天竺や震旦とかなり異質であることを知っていたことになろう。 ざっと、見ておこう。・・・ 【黄泉の国】 死の最初の記載は、伊耶那美神が迦具土神を生み陰部を焼かれて病臥して没したとの譚。その後、婦神は"黄泉の国"へ行き、王と共食しその国に属すことに。王が承認すれば、帰還できるようだ。 訪問した夫神は、その地が遺骸の穢れで満ちていることに気付き逃亡し禊を執り行う。その行為で、貴神が生まれる。 どう考えても、ヒトが死後行く地ではなさそうだ。 【根之堅洲国】 建速須佐之男命が妣の国と呼ぶから、出雲国と伯耆国の堺の比婆山の伊耶那美神陵と言うことかも」知れない。ともあれ、大国主が須佐之男神の神器(生大刀・生弓矢・天詔琴)を持ち帰って来ることが核である話。 六月晦の大祓の祝詞で、その地は、地下ではなく海であるとされるので、ニライカナイと見なす説が多くみられるが、渡航した形跡はなにも無い。 あくまでも、様々な困難を乗り越えて大国主となる話であり、穢れた場所とか、地中の暗所を示唆している訳ではない。その地の姫を娶るのであるから、常識的に考えれば、冥界とは真逆の環境の筈で、その点では、根来彼方的雰囲気を感じさせるニライカナイ論には説得力がある。 【常世の国】 3譚。 ○渡来の少彦名神が大国主とともに国土を成した後、帰還。 ○御毛沼命は波の穂を跳みて、渡航。 ○[11]伊久米伊理毘古伊佐知命が多遲麻毛理を "登岐士玖能迦玖能木実"探索に派遣。 使命を果たし持ち帰る。 どうなっているかわからん、というのが実情だが、上記の三国観があれば、実はなんということもない記述なのである。但し、黄泉国と根堅州国の性情は全く違っていると感じるとの前提で。 その天竺だが、地下には蛇族王国が形成されているのが特徴。蛇信仰が潰されたが、根強いものがあり、消滅しなかったのだろう。 そこは、死神が統括する死者の地ではないのである。黄泉の国は明らかに地獄ではないから、これに類似の概念ということになろう。死後の冥界たる黄泉概念を入れ込んだのではなく、例えば、闇の国といった呼び方がされていたのを、一番近い震旦用語でわざわざ表示したと考えるのが自然。極めて恣意的な表現である点に注意を払うべきと思う。 何故なら、どう見ても黄泉の国と根之堅洲国の性情が違うにもかかわらず、出入り口は同じ黄泉比良坂であり、逃亡シーンも類似性が強く、同一地と思わせる記述になっているからだ。天竺に於ける、地下にある、蛇族王国と死者の国の関係を想起させるからだ。そうだとすれば、根之堅洲国とは、祖先の霊が存在する世界で、現世と繋がっていて時に往還が発生することになる。そこは明るい世界であり、昏くて死神が存在する地中に存在している訳ではない。天竺とは大違い。 黄泉国は穢れた世界だが、そこは根之堅洲国と同じ死後の世界なので、その点では同じだが、地母神信仰は封じたということだろう。例えば、土偶祭祀が失われたことを意味しているのだろう。しかし、地母神の穢れから貴神が生まれるのだから、土着信仰を抹消した訳ではなさそうだ。それが天竺のような蛇神を意味しているのかはよくわからない。 [「リグ・ヴェーダ」] インドラIndraが、 天地を覆い隠し水を堰き止めていたヴリトラVṛtraである 巨大蛇アヒAhiを金剛杵で殺して七つの大河を解き放った。 この時、ヴィシュヌVishnuが手を貸す。 この勝利で、神が天や太陽を作り出した。 [「ラーマーヤナ」] インドラを載せる白象アイラーヴァタAirāvata(=大海から生まれた者)は 地下に鼻を伸ばし、水を吸い上げ、空に向けて吹き上げ雲を作る。 インドラがそれを雨に変える。 [「マハーバーラタ」] タクシャカTaksakaはインドラの友人。 そのお蔭で、ナーガ族絶滅から逃れることができた。 [「バガヴァッド・ギーター」10章29節Shri Krishna] ナーガ類ではアナンタAnanta(Shesha)が一番偉大。それが我。 水分野では水神ヴァルナVaruṇa。それが我。 先祖ではアルヤーマAryamā。それが我。 施法者では死神ヤマYama。それが我。 …Sheshaはヴィシュヌの養護者。 [「バーガヴァタ・プラーナ」] 7つの下界王国: 第1層アタラAtala:Bala(Mayaの息子)が支配 第2層ヴィタラVitala:Hara-Bhava神が支配 第3層スタラSutala:Viswakarmanが創設 第4層Talatala:マーヤMayaが支配 第5層マハータラMahatala:ナーガ/Nāgaが支配 第6層ラターサラRasatala:ダーナヴァDanavaとダイティヤDaityaが支配 第7層パーターラPātāla or ナーガローカNāgaloka: ナーガNāga(=コブラトーテム)族の王ヴァースキVāsukiが支配 宝石をちりばめた豪勢な都[竜宮Nāgabhavana]はボーガバティー(快楽の町)と呼ばれている。 …蛇王ヴァースキはシバの養護者。 --- 参考(インドの聖典) --- 《ヴェーダVeda》(本集) ●リグRigveda…神々の帝王雷霆神/軍神インドラ ◎水神/海上神ヴァルナ◎風神ヴァーユ◎ミトラ◎火神アグニ、等 ●サーマSamaveda ●ヤジュルYajurveda ●アタルヴァAtharvaveda 《叙事詩》 ●マハーバーラタMahabharata…クリシュナ神 ●バガヴァッド・ギーターBhagavad Gita ●ラーマーヤナRamayana…ラーマ神 天空の神インドラ 《大プラーナPurana(古い物語)》≒第五のヴェーダ ●ヴィシュヌVishnu…ヴィシュヌ教(仏教徒・ジャイナ教徒は犯罪者) ○バーガヴァタBhagavata…超有名 ○ナーラディーヤNaradiya@巡礼 ○ガルダGaruda…聖鳥 ○パドマPadma ○ヴァラーハVaraha…野猪 ●ブラフマBrahma…1st ○ブラフマーンダBrahmanda(⇒バリ島) ○ブラフマ-ヴァイヴァルタBrahmavaivarta…クリシュナ神 ○マールカンデーヤMarkandeya@西インド(古層伝承) ○バヴィシュヤBhavishya ○ヴァーマナVamana…侏儒 ◎ヴァーユVayu or ●シヴァShiva…祖霊祭 ○リンガLinga…生殖権化 ○スカンダSkanda…軍神 ◎アグニAgni@ビハール ○マツヤMatsya@ナルマダー川…魚 ○クールマKurma…亀 《副プラーナUpapurana》から ○アーディAdi…ジャイナ教系 ○スヴァヤムブーSwayambhu…仏教密教系 (C) 2021 RandDManagement.com →HOME |