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■■■ 「古事記」解釈 [2021.2.21] ■■■
[51] 有變三色之奇虫の驚きとは
太安万侶が単なる官僚ではないことがわかるのが、有變三色之奇虫の話を入れ込んだこと。
その姿勢、「酉陽雑俎」の著者とよく似ており、当代随一の知識人との自負なくしてはこんなことはできまい。

ただ、あくまでも、天皇系譜の叙事詩のなかでの登場であるから虫について語る訳にはいかない。

こんなことから始まる。・・・
天皇の意を受けた口子臣・その妹で皇后に仕える口比売・奴理能美が、考慮の上、天皇と皇后の仲違いを解決すべく上奏。
「大后が筒木宮に行ったのは、
 奴理能美が飼育中の虫を見るため。
 一度目は這う虫に、次に殻となり、さらには飛ぶ鳥と、
 三色変化の奇怪な虫だからです。
 嫉妬で天皇に逆らうつもりなどあろう筈がございません。」
意図した通り、天皇は奇虫を見に行くことに。
到着すると、早速、3態の虫が皇后に献上され、場が設定されたのである。
天皇は、皇后の宮の殿戸の前に立ち、
【天皇御製】
つぎねふ 山代女の 木鍬持ち 打ちし大根 サワサワに
 汝が言へせこそ 打ち渡す 弥が栄(八桑)なす 来入り参来れ


言うまでもないが、ここで話題になっているのは、"(卵⇒)芋虫⇒繭⇒蛾"の3変態の虫のことであり、蚕を指す。
しかし、すでにこの時代、養蚕技術は入ってきている筈。珍しい訳がない。
そうなると、この虫は、絹生産のため、桑の葉で飼育する"家蚕"ではなく、楢/柏等の落葉樹の葉で育てる天蚕[薄手火蛾,…]を意味していると見て 間違いなかろう。
家蚕の白い蛾は滅多に飛ばないが、野外でも育てることができる大きな蛾の天蚕の方は、生殖のために食わずに飛ぶという明瞭な違いもある。糸も、伸縮性があり、テグスに使える強靭さを発揮できる。全く別な虫とみなされてもおかしくはない。

ただ、そんな点で珍しいから、登場させた訳ではなさそう。
先ず、飼育者がいかにも渡来系である点。
しかし、大陸には天蚕はなかったのである。天蚕は日本列島では珍しくもない固有種ということ。類似の虫は、中国の南部に生息しているだけ。
太安万侶がそれをどこまでご存じだったかは知る由もないが、珍しさという点に気付いていたのは確か。

大雀命天皇代に入って、本格的なインターナショナルな文化の交流が始まって、本朝で発見された奇虫であることに感興をおぼえたのであろう。
そして、それをすかさず活用する臣下の動きにも、時代精神を感じたのだと思う。

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