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■■■ 「古事記」解釈 [2021.5.25] ■■■
[144] 最初の三角関係譚の意味
愛という言葉は難しい。必ずしも恋愛感情だけを意味していないからだ。キリスト教の人類愛とか隣人愛の概念の話ではなく、和語の訓が余りに多岐に渡るから。

それぞれ全く異なる概念だろうが、峻別は容易なことではない。こうなると、「古事記」表記に用いられている"愛"はどれなのか気になるところである。
文脈から考えて、多義であることは間違いないから、情緒的に眺めるだけで通り過ぎるのは考え物。太安万侶と稗田阿礼に、言葉のプロとしての矜持が無いとは思えないからだ。

この時代から、大いに気に入られていた文字であることは間違いない。現代に至るまで、人名では、これでもかというほど様々な読み方が見られるし、一般用語というのに、WikitionaryJでは以下のようにアからカまで転用的読みを揃えており、それこそ冗談半分ではないのかと錯覚してしまいそう。・・・
 <以下、勝手な解釈で、辞書や事典に準拠している訳ではありません。>
 アイする…アイは音。漢語のママ和語動詞化した語彙。
  呉音もアイ。オも呉音とする説もあるようだ。
 いつく-しむ≒慈しむ…弱弱しいので大事にする。
 いと-しい≒恋しい…心が痛む。
 いとお-しい≒厭おしい…たまらなく気の毒。
 う-い[動詞連体形のみ]≒[形容詞]憂し…目下の者への感心を示す。
 え…e.g.愛比売/愛媛 (品詞不明であり、訓とは思えないが。)
 お-しむ≒惜しむ…心残り。
 かな-しい≒悲しい/哀しい…心痛の極致で、泣けてくるような嘆き。
 まな≒[接頭語]真…大切に育てている。
 め-でる≒賞でる…一方的に可愛がるだけで執着心を含まない。

これを踏まえて、 現代人にとって、文脈がわかり易いし、短い文章であるにもかかわらず"愛"を多用している三角関係譚を眺めてみよう。
恋愛関係のねじれを美しくも悲しい話として描いた、「古事記」珠玉の作品として紹介されていそうだが、そのような単純な意図で収載した訳がない。伝えるべき重要な事がある筈。
個人的にそう見たいという訳ではない。
この部分は文学的には二流だから。ここも、間違えてはこまるが、小生の文芸としての評価結果とは違う。恣意的に、その様に編集されているからだ。この箇所はすべて散文であり、素人からすれば多少漢文調の臭いを感じさせる仕上がり。
妻問い的な歌が詠まれなかった筈もなく、あえて、それを頂点にした歌謡調の話にはしなかったのである。しかも、話が実にスマートとくる。三角関係の関係者だけ際立たせる構成であり、余計な部分をすべて削ぎ落したように思えてくる。間違いなく、推敲され磨き込まれた一級の作品と言えよう。

このことは、恋愛譚として読むな、という編者のご注意と見てもよいのでは。

小生は、恋愛を低俗と愚弄する漢文の世界を揶揄するために書いた程度に思っていたので、今の今までこのことに気付かなかった。三角関係譚と予め知っていると、その目線でしか眺めることができなかったのである。

恋愛譚でないとすれば、答えは自明。女系 v.s. 男系の話。色々と触れてきたが、ココが肝だったとは。

流れに沿ってみて行こう。

天皇は后に、男系と女系のどちらを選択するか問うたのである。当然ながら、即答で女系。

そうなれば、同母兄を愛しむことになる。実家には、沙本毘売命の代替女子が存在せず、家系が断絶してしまうからだ。
系譜がそれを示している。
  【男系】
┼┼┼[9]若倭根子日子大毘毘命/開化天皇
┼┼┼└○日子坐王
┼┼┼┼└○沙本毘古王
  【女系】
┼┼┼△建国勝戸売
┼┼┼└┬○[入婿]n.a.
┼┼┼┼△沙本大闇見戸売
┼┼┼┼└┬○[入婿]皇子 日子坐王
┼┼┼┼┼△沙本毘売命

殺人未遂発生にもかかわらず、3年もの間なにも変化せず。
これは女系的風習そのもの。3年たっても出産なき場合は婿放逐だからだ。
問題は妊娠してしまったこと。こうなれば、女系の後継者を出産すべく実家に戻るのは自然なこと。

ところが、皇子が生まれたので、女系は続けることができなくなってしまった。皇子は男系の天王家の系譜に属することになる。
この時点を持って、ついに、女系は潰えたのである。それを象徴的なお話に仕上げたのであろう。

天皇の気分もわかる。
皇孫は南島婿入り3年がそもそもの始まり。奈良盆地入りしても、入り婿的な状況が続いた。天皇としては、女系消滅が"愛おしい"のである。

[9]若倭根子日子大毘毘命/開化天皇
└┬△意祁都比売命(丸邇臣先祖 日子国意祁都命の妹)
日子坐王
│└┬△沙本大闇見戸売(春日 建国勝戸売の息女)
├┬┬┐
沙本毘古王(祖:日下部連, 甲斐国造)
┼┼袁邪本王(祖:葛野之別, 近淡海 蚊野之別)
┼┼┼沙本毘売命/佐波遅比売
┼┼┼┼室毘古王(祖:若狭耳別)
└┬△伊迦色許売命(継母/父の妃)
├┐
[10]御真木入日子印恵命/崇神天皇
└┬△御真津比売命(大毘古命の息女)
┼┼├┬┬┬┬┐
┼┼[11]伊玖米入日子伊沙知命/垂仁天皇
┼┼┼伊邪能真若命
┼┼┼┼国片比売命
┼┼┼┼┼千千都久和比売命
┼┼┼┼┼┼伊賀比売命
┼┼┼┼┼┼┼倭日子命(初事績:陵に人垣)

此天皇[伊久米伊理毘古伊佐知命/垂仁天皇] 以沙本毘賣爲后之時
沙本毘賣命之兄 沙本毘古王 問其伊呂妹曰
 
孰愛夫與兄歟
答曰
 

爾沙本毘古王謀曰
 汝寔思
我者 將吾與汝治天下而 即作八鹽折之紐小刀授其妹曰
 以此小刀刺殺天皇之寢
・・・
此時其后妊身 於是天皇
不忍其后懷妊 及
重至于三年
・・・
於是天皇 (詔)雖怨其兄 猶
不得忍愛其后 故即有得后之心

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