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■■■ 「古事記」解釈 [2021.8.2] ■■■
[213]百合を取り上げたかったようだ
百合に関係するのは2箇所。両者ともに問題児。

片方は、はたして百合なのかがよくわからない。

もう一方は、百合の古名譚だが、唐突で収まりが悪い。必要性も感じられないので、収録理由が考え付かないと来る。

   《市辺忍歯王譚譚@[23]顕宗
  御歯者如三枝押歯坐也

埋葬場所を見置いていた老媼(置目老媼)のお蔭で、歯型に特徴がある皇子の遺骸を同定することができ、墓を造ったとのお話。
歯の奇形としては、三枝はほぼあり得ないが、八重歯を指すなら珍しくもない。それに、現代は西洋化してしまったが、もともとは八重歯は可愛いとされていた社会だし。
しかし、3本が固まって生えているとは思えないし、その形状を三枝と呼んでいたなら、後世、幸草に当て字されてもよさそうだ。従って、候補は色々あり、比定は難しかろう。(佐韋/笹百合 沈丁花 福寿草 三つ葉芹 三椏 etc.)
歯の形容として選ぶとしたら、百合は合いそうにない。枯れる前に花弁がバラバラ落ちるし、花の香りは極めて強く、花粉付着も避けられないからだ。特に、この花は雄蕊が目立つし、山の群生地では葉がザワザワといった印象の方が強いこともある。
それに、群生を見慣れていれば、3花植物と言うより、驚きの多花あり、となるのでは。文献読みの人にはわからぬだろうが、ちょっと違うかナという印象は否めないのである。

にもかかわらず、三枝=山百合と断言に近い形の主張が通るのは、"孟夏 三枝祭"が現存しているからだ。と言っても、長らく廃絶状態だったのに、廃仏運動で急遽復活したにすぎない。従って、祭祀次第はその時作られたものとしか思えない。

その際に、百合とみなされた理由は自明る。次に取り上げる、山由理草譚の存在につきよう。

即位した神倭伊波礼毘古は、早速皇后探し。大久米命の仲立ちで大物主神の娘と結婚することになり、歌を贈答。
そこに太安万侶の割注が記載されているのだ。・・・
   《伊須気余理比売婚姻譚譚@[初]神武
  其河謂佐韋河由者 於其河辺 山由理草多在
  故 取其山由理草之名 号佐韋河也
  山由理草之本名 云佐韋

音便的に、三枝/さき≒佐韋/さゐはありそうに思える。
マ、他の植物で形容した方がよさそうとも言い難いから、マ、そんなところかで通り過ぎるしかあるまい。

実は、問題はそんなことではない。
"さゐ"が山由理草とされているとの記載書が見つから無いと言うのだ。

う〜む。

小生から見れば、さもありなん、アハハ、だ。(小生は大植物学者の携帯できる図鑑を廃棄してしまったが、その理由は、俗っぽい思い付きの名称由来を平然と書いていることがわかったから。古代語不明なのに朝鮮語由来と書きたい有名人もいる。そもそも、朝鮮半島の貴族は漢語使用であるというのに。・・・日本の実態はそんなもの。熊楠翁が怒るのも無理はない。)

太安万侶も、関係する"識者"に尋ねた答えを記載しただけでは。
コリャ新説だが面白かろうということで。

ここには、ピッタリというか、知的レベルが高い読者に一発冗談としては是非入れ込みたいと考えてもおかしくなかろう。儒教的感覚の人ではないから、これは実に愉快と言うことで。

もちろん、読者からすれば、突如、何の脈絡もなく百合が自生しているとの注記が入ってくるので、こりゃナンダカナであろう。
しかし、そこで、おかしいと思ってよくよく考えれば、中華帝国では、百合は鱗片抱合植物と言うことで、婚姻吉祥花卉として扱われることに気付くことになる。(キリスト教の聖母マリアの純潔イメージとは正反対。)花の鑑賞より、先ずは、地中の食用部分が興味の対象となる国である。大きな鱗片種ならそれこそ金百合とされるだろうし、それを和訳すれば料理百合とするしかなかろう。倭でも食用にされたが、おそらく救荒用。文化の違いは大きい。

そして、なんといっても秀逸なのは、百合鱗茎が、山の猪神の食用というか、大好物である点。そんな植物が御諸山の傍らに群生していることを指摘しておきたかったこともあろう。

それに、日本列島の山がちな地域での代表的な花といえば、百合とも言えるし。
植生的に、欧州より種類が多いように映るし、もともと球根輸出が盛んだった国でもあるが、鑑賞用だったとも思えない。但し、現在の人気は西洋種が多いように見える。
---代表的な倭種---
【漏斗状花】山百合
【筒状花】鉄砲百合@琉球原産 笹百合 乙女百合
   袂百合@吐噶喇口之島  【参考:台湾/高砂百合】
【下向き盃状花】鹿子百合 車百合 鬼百合
【上向き盃状花】透百合
尚、山百合は本州中部〜北部でよく見かけ、山野辺の道の自生種は笹百合の可能性が高いらしい。
【参考:代表的西洋種(有史以前栽培種)】マドンナリリー

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