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■■■ 「古事記」解釈 [2021.12.14] ■■■
[347]俗に言う国見の概念は曖昧過ぎる㊥
🗾👀「古事記」中巻は初代天皇の話から始まる。日本国創始譚とも言えるパートであるから、普通に考えれば、《国見》行事の記載は不可欠と考えるべきだろう。ところが、どこを眺めても、そのような行事に関して触れていない。これだけでも、「古事記」は歴史書ではありえないことがよくわかる。
それはともかく、首長として執り行われる最重要祭祀が天皇によって 行われなかった可能性も、考えておくべきだろう。

天照大御神の力で武力的に王権を握った様子は細かく描かれているものの、神権についての記述は無い。天皇という称号が後世作られたと考えるなら、初代に於ける即位とは、大和地区で連合王国を樹立し、"大"王位に就いたにすぎず、統一的神権を握ったと解釈するのは無理があろう。

その辺りの事情をいみじくも示しているのが、歌垣での求婚。大王であっても、土着の風習に合わせ、皇后を娶る必要があった訳で、現代感覚では君臨する首長の姿とはえらく異なる。
さらに、狭井の河之上(三輪山麓)への通い婚的なイメージも醸し出されている。

このことは、この時代は女系制と見る方が自然である。換言すれば、《国見》的な祭祀は、土着の大后が行うべきものとなる。

ここらの論理はわかりにくかろう。

初代は系譜的に男系で記載されている存在。しかし、本来的には男系の皇嗣は長子であり、末子になるのは女系的。
それに、どう考えても、東遷のリーダーは初代ではなく兄。兄崩御後に、初代は軍事的地位を高めたとはいえ、それはほかならぬ女系的祖の高天原の大神の力。自力発揮は"騙し"のみに映るように描かれている。
いかにも女系社会的とは言えまいか。

はっきり言えば、初代に於ける兄弟の絆が強いことは、父親-息子(個別:単数)の関係にそれほどの意味が無いということでもある。絆はあくまでも母親中心の子供達(複数)のミクロコミュニティ。
こうした社会であれば、財や神権は母親と子の間で相続されることになる。この状況だと、父親-息子の関係は極めて薄くて当然と言えよう。もちろん、父母同居の必要性などなかろう。男子は成長すれば、力があるなら、独り立ちすることになるだけ。このミクロコミュニティが外部の男と相互依存関係を作り上げたいとすれば、一番の早道は中核メンバーの姉妹との婚姻となろう。頂点の女性からすれば、夫の別腹御子と、実子姉妹との婚姻も悪くない方策だろう。

実は、こんなことを考える理由は、女系制とは地母神信仰と表裏一体と考えるからである。(日本は孕んでいたり、乳が張っているような造形の土偶だらけの地のようなので。)
「古事記」でも、そのような風土をそれとなく描いているといえなくもないからである。・・・

初の性行為は失敗に終わるが、その理由は、妻から声をかけたから。現代人にとっては、いかにも男系の家長制度を彷彿させる儒教的男尊女卑思想と思いがちだが、それは読み違いと見る。
女系社会では婚姻の端緒は"妻問い"からとの鉄則があるからだ。女性には拒否権があり、容認しても、形式的には後日ということで簡単には決着しない。たいていは、男性が追いかけ回し忍耐の上、ようやく婚姻に至ることになるようだ。
儒教の考え方とは180度違う。

さて、その中巻だが、上巻同様に国見失敗譚が収録されている。⑭帶中日子天皇/仲哀天皇崩御の話だ。・・・
  大后歸神 言教覺詔者:
  「西方有國 金銀爲本 目之炎耀 種種珍寶 多在其國 吾今歸賜其國」
  爾
  天皇答白:
  「登高地見西方者 
不見國土
国土が見えないのだから、これは国見どころではない。そこで神の怒りをかい、即崩御。

この皇子の⑮品陀和氣命/応神天皇は、国見に成功することになる。
  [歌42]【御製】"行幸で国の繁栄を寿ぐ"
    近淡海の国に越え幸でます時 宇遅野の上に御立たして 葛野を望けまして
    千葉の 葛野を見れば 百千足だる
     家庭も見ゆ 国の秀も見ゆ


尚、倭健命の歌はあくまでも"思國歌"であって、国見歌とはジャンルが異なるというのが、太安万侶の見解。即位していないのだから、国見儀式を行うことはなかろう。天皇扱いすることになれば、国見譚が付いている伝承話になるのだろうが。
  [歌31]【倭建命】伊吹山より敗走思國歌
    倭は国のまほろば たたなづく 青垣山籠れる 倭し麗し
  [歌32]【倭建命】伊吹山より敗走思國歌-無事な人へ
    命の全けむ人は 畳薦 平群の山の 熊樫皮を 髻華に挿せ その子
  [歌33]【倭建命】辞世的[片歌]故郷を見上げ感慨
    はしけやし 我家の方よ 雲居騰ち来も

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