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■■■ 「古事記」解釈 [2022.4.16] ■■■
[470]"ヰ" "ゐ" "韋"の扱い方
片仮名"ヰ"は井の変形で、平仮名"ゐ"は為の流し書きと見られている。
「万葉集」訳では、この音素とされる文字は多く、居 為 井 率 座 猪 位 藍 謂 坐 藺(イ:伊 射 五 已 寐 以 移 宿 意 壱 医 異 曰 印 怡 往 去 寝 居 依 納 夷)があげられている。
このうちかなりの数がある文字は居。この文字に"ゐ"以外に、"い・こ"とも云うから、音素表記文字には不適であろう。多用されるからといって、仮名用途になる訳ではあるまい。
"ゐ" (井/堰・居・猪・藺)や複音の(あゐ・くらゐ)と云うような誰でも知っていると読みの翻訳文字を、単純な音素表意文字として使うのもどうかと思う。
≪井≫ …「説文解字」では元字は"丼(セイ)"や"𩏑/韓"との書き方。
      (甲骨文字では枠の形象で音はケイらしい。)

  【字義】水井(挖掘深洞:宑)⇒人衆居住地
  [呉音]ショウ
  [漢音]セイ
  [訓]ゐ さい ひ いの

「古事記」で見てみると、井は訓読みで登場するが、固有名詞は意味がわからないから判定のしようがないが、一般用の音素文字"ゐ"としては使っていないようだ。
音素相当はもっぱら"韋"。極めて妥当な選定と云えよう。
(為は助詞的にも頻繁に使われる文字であり、そうなれば、平文で"し"と読むことになり、2音併存で混乱することこの上なしであろう。)

太安万侶としては、"韋"を使いたかったこともあろう。同音の艸冠文字"葦"の重要性に気付いていたようだから。📖葦でなく阿斯と記載する理由
≪葦[艸+葦]
【字義】蘆葦
  [音]
  [訓]あし しお-れる しな-びる しぼ-む な-える
(用例) 爾興軍待戰 射出之矢 如葦來 <葦原中國/豐葦原水穗國/豐葦原之千秋長五百秋之水穗國> <葦原色許男命>

しかし、葦をヰと読ませる気はさらさらなく、音素文字はあくまでも"韋"である。
≪韋[𫝀+口+㐄]⇔𥀊/𩋾
  [音]
  [訓]なめしがわ そむく
井の草書体を知れば、井⇒ヰと認定して当然となるが、上記の韋の足"㐄"とも言える。実際、この文字もヰとも書く。音は異なるようだが。意味は闊歩/跨である。

---「古事記」用例---
[__9]【比古遲】答歌妃への愛
    沖津鳥 鴨著く島に 我が率寝し[和賀泥斯] 妹は忘れじ 世の事々に
[_21]【伊須氣余理比賣】御子に危機迫る
    狭井川由[佐賀波用] 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす
[_22]【伊須氣余理比賣】御子に危機を知らせる
    畝傍山 昼は雲と居[比流波久毛登] 夕去れば 風吹かむとぞ 木の葉騒げる
[_33]【倭建命】辞世的[片歌]故郷を見上げ感慨
    はしけやし 我家の方よ 雲居騰ち来も[久毛多知久母]
[_43]【天皇】矢河枝比売を迎えた大御饗酒宴での喜びの発露
    この蟹や いづくの蟹 百伝ふ 角鹿の蟹 横去らふ いづくに至る 伊知遅島 美島に著き 鳰鳥の 潜き息衝き しなだゆふ 佐佐那美道を すくすくと 我が行ませばや 木幡の道に 遇はしし嬢子 後方は 小蓼ろかも 歯並は 椎菱なす 櫟井の[伊知比能] 丸邇坂の土を 初土は 膚赤らけみ 底土は に黒き故 三栗の その中つ土を 頭著く 真火には当てず 眉画き 濃に書き垂れ 遇はしし 女 かもがと 我が見し児ら かくもがと 我が見し児に 現たけだに 向かひ居るかも い副ひ居るかも
[_44]【天皇】皇子に美女を譲り渡した時
    いざ子ども 野蒜摘みに 蒜摘みに 我が行く道の 香はし 花橘は 上枝は 鳥居枯らし[登理賀良斯] 下枝は 人取り枯らし 三栗の 中枝の 穂積り 赤ら乙女を いざ挿さば 好らしな
[_45]【天皇】皇子に女を譲り渡して後悔
    水溜る 依網の池の 堰杙人が[具比宇知賀] 差しける知らに 沼縄繰り 延へけく知らに 我が心しぞ いやをこにして 今ぞ悔しき
[_61]【天皇】家出皇后を気遣う
    三諸の その高城なる 大猪子が原[意富古賀波良] 大猪子が 腹にある[意富韋古賀波良邇阿流] 肝向かふ 心をだにか 相思はず有らむ
[_64]【天皇】志都歌之歌返家出皇后を迎えに出向く
    つぎねふ 山代女の 木鍬持ち 打ちし大根 さわさわに 汝が云へせこそ 打ち渡す 弥が栄なす 来入り参来れ[岐伊理麻久禮]
[_80] 【木梨之輕太子】夷振之上歌同母兄妹婚実現の喜び
    笹葉に 打つや霰の たしだしに 率寝てむ後は[泥弖牟能知波] 人は離ゆとも
    麗はしと さ寝しさ寝てば 刈り薦の 乱れば乱れ さ寝しさ寝てば

[_91]【天皇】皇后との結婚
    日下辺の 此方の山と 畳薦 平群の山の 此方ごちの 山の峡に 立ち栄ゆる 葉広熊樫 本には い組み竹生ひ 末方には た繁竹生ひ い組み竹 い組み宿ず た繁竹 確には率宿ず[多斯爾波泥受] 後も組み宿む 其の思ひ妻 憐れ
[_93] 【天皇】志都歌若かりし頃睦合えばよかった、と
    引田の 若栗栖原 若くへに ゐ寝て坐しもの[祢弖麻斯母能] 老いにけるかも
[_96] 【天皇】吉野で童女を見初める
    胡坐居(あぐらゐ)の[阿具良能] 神の御手もち 弾く琴に 舞する嬢子(をみな) 常世にもかも
[102]【天皇】天語歌酒宴では享楽三昧でよし、と
    百礒城の 大宮人は 鶉鳥 領巾取り懸けて 鶺鴒 尾行き和へ 庭雀 髻華住まり居て[宇受須麻理弖] 今日もかも 酒御付くらし 高光る 日の宮人 事の 語り事も 此をば

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