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■■■ 「古事記」解釈 [2022.5.4] ■■■
[488][安万侶文法]否定辞7語の用法確立
否定辞8語としたかったが、<否>は使われていないので、<莫・勿><無/无><非><不・未>の7語。
ここらは、概念思考ができないと、仕訳は難しい。太安万侶は、"行為否定≠存在否定≠無"辺りから出発して、7語による表現方法を作り上げたようだ。

「今昔物語集」の時代の否定表現は、いわば<なかりせば>に象徴される<なし>の哲学の確立でもあるが、それを切り拓いた先駆者が太安万侶ということでもあろう。

「古事記」を眺めるだけで、その辺りが見えてくるから凄い。
ここでの記述を見れば、否定形化の原初は<あり⇔あら"ず">であることがすぐにわかる。述部言語である倭語では、<ず>を付けることで否定形文章になるとの文法だった筈。要するに、動詞なら"〜する。"を、"〜せず。"と変換すればよいのである。太安万侶は、この<ず>の翻訳文字として<否>ではなく、<不>としたのである。
しかし、否定形であることを示すには、本来的な接尾語用法は拙いことに気付いたようで、漢文的に接頭語用法での表記にしたようである。

そして、不の派生語として、未と非を設定することに。
<不>は総括的な否定の<あら"ず">だが、時間軸的に<あら"ず">に当たるのが<未>で、方向的な異なりで生まれる<あら"ず">は<非>とすることにしたのだろう。

おそらくは、ここまでで倭語の否定表現は十分足りていたのだろうが、仏教哲学に接していれば、倭語が変わって行る最中であることに気付いた筈。
それが、<あり⇔なし>の否定形化と云うことになろう。

文法的には、<なし>には否定形の概念は含まれていない。しかし、無子≒非有子であるから、<存在⇔"非"存在>と捉えることもできる。無を否定形と考えることは決しておかしなことではない訳だ。・・・太安万侶が<なし>に否定形化の役割を見つけたとも言える。文字表記的には、翻訳文字として最適な<無/无>が当てられることになるが、純否定用法には<莫・勿>を設定したようにも見える。
"言ふ。"⇔"言はなし。"の<なし>は<無/无>ではなく、<莫・勿>であるべしと考えたのであろう。仏教哲学を通じて老子の言を知っていないとなかなか気づきにくい見方では。

<莫・勿>
---<莫>--- [訓]くれ なか-れ な-い
 みたまひそ あ(を) …
莫殺我  自此於奧方莫使入  莫動其刀  曰:莫殺吾身
[「萬葉集」巻一#77]吾が大君 ものな思ほし[物莫御念] 皇神の 継ぎて賜へる 我なけなくに[吾莫勿久尓]
[「萬葉集」巻二#97]し-る と い-は な く に
[「萬葉集」巻二#153]いた-く な波祢曽[撥ねそ]
[「萬葉集」巻四#538] おも-ひ わが背子 せこ
---<勿>--- [訓]なか-れ なし
ねがは-く(は)  み(たまいそ) あ(を) …
じ(と) たが-は まを-し をは-り(ぬ) …
 ものい-は …
如思 爾 勿言事  勿召上 而  亦 勿婚 而 惚也  勿違天皇之命也  都勿修理以椷受其漏雨
[「萬葉集」巻一#73]不吹有勿勤[吹かざるなゆめ]
[「萬葉集」巻一#75] あら な く に …
[「萬葉集」巻一#77]われ なけ な く に …

<無/无>
---<無>--- [訓]な-い
 や-り(たまいそ) いくさ(を) …
僕者無邪心  無夫何由妊身乎  不伏無禮聞看 而
即作無戸八尋殿
無異心  無度因  除此者無也  恆無歎  無令惶畏  悉無遺忘  於時無比  無建強人  更無異心  是者無異事耳  僕者無穢邪心  可謂無信  無可知日續之王  亦其門無人
無退仕奉  既崩故無可更戰  是無悒  何無恃心  更無可勝  更無可爲  更無所恃
<因無子 而>/無御子也  除吾亦無王  無皇后 亦 無御子  此天皇無御子也
[「萬葉集」巻一#11]草無者[草なくは]
[「萬葉集」巻一#17]情無[心なく]
[「萬葉集」巻一#37]絶事無久[絶ゆることなく]
[「萬葉集」巻十二#2901]便 べ を な み …
[「萬葉集」巻十二#2902]いたも す便 べ なし …なし
---<无>--- [訓]なし ない
是不伏无禮人等  因无禮而退賜  其思无禮  多无禮
<无子>/无子也  无太子
[「萬葉集」巻六#1026]いとま(を) なみ と …なみ
[「萬葉集」巻十二#3197] い-は ひ は なし …なし

<非>
---<非>--- [訓]あら-ず そし-る
しかれども ず(ては) あらは-さ ま-ち(し) こころ(を) …
唯父王之仇不可非報
[「萬葉集」巻五#871]都麻胡非尓[夫恋ひに] …音素<ヒ>
[「萬葉集」巻八#1627]非時藤之[時じき藤の]
[「萬葉集」巻十二#2934]目者非不飽[目は飽かざらね]
[「萬葉集」巻十四#3376]古非思家波[恋しけば] …音素<ヒ>

<不・未>
---<不>--- [訓]せず にあらず いなや
【上巻】吾身者成成不成合處一處在/刺塞汝身不成合處 而  女人先言不良/因女先言而不良  次生淡嶋是亦不入子之例/亦姪子與淡嶋不入子之例也  不速來  不知所命之國 而  不治所事依之國 而  詔然者汝不可住此國  必不善心  不可在此國 而  猶其惡態不止而 轉  從此以内不得還入  答白恐亦不覺御名  必不得八上比賣  必不得八上比賣  言吾者不聞汝等之言  若不待取者  於是不知所出之間  故其夜者 不合 而 明日夜爲御合也  不答  皆白不知  足雖不行  若不然者  不復奏/久不復奏/至于八年不復奏  或天若日子不誤命  亦其雉不還  我子者不死有"祁理"/我君者不死坐祁理云  塞道居故他神不得行  僕者不得白  不行他處 亦 不違我父大國主神之命 不違八重事代主神之言  僕之不違  僕者於百不足八十坰手隱而 侍  海鼠不白  不答之口 而  答白僕不得白  常堅不動坐  天皇命等之御命不長也  私不可産  産不幸  不許  都不得魚  都不得魚  雖償不取/雖償不受  是乞其鉤故雖償多鉤不受  爾不飮水  婢不得離璵  不飮水  是不得離故  物不得食愁言故  種種之態不絶  不可生海原  不忍御腹之急  (天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命)  【中巻】向日而戰不良  不平坐"良志"  僕雖不降  聚軍然不得聚軍者/聚軍不得聚者  退撥不伏之人等 而  不得殺  吾者不能殺仇  不宜爲上  神氣不起  不知其姓名  即不見其所如 而  不得中  不知其之謀而  不忍哀情 不能刺頸 而  爾其后以爲不應爭  是不勝面問故妾答曰愛兄歟  不得刺頸 而  不得忍其兄  不忍其后懷妊及愛重至于三年 故 廻其軍 不急攻迫  猶不得忍愛其后  不得其御祖/不獲御祖  故諺曰不得地玉作也  不入記五十九王  及不伏人等也  於朝夕之大御食不參出來  猶不參出  是不伏无禮人等  不伏無禮聞看 而  不得拔詐刀  不賜軍衆  及不伏人等  不得進渡  雖今不殺  今吾足不得歩  不失猶有  不見國土  不控  不聞御琴之音  不問大小  不乾船腹/不乾䑨檝  至于今不絶也  不畏其態  各不退相戰  都不知  答曰不能也  雖爲取而不得 是以白不能也  然猶不赦  塞以不入  皆不得婚  不得婚  不償其宇禮豆玖之物  不償其物  【下巻】於國中烟不發  遷避于不漏處  不苦役使  不得臨宮中  不聞看此事乎  即不入坐宮而  爾不避其雨  不治賜八田若郎女  故思不仕奉  不復奏  不賜御酒柏  故不相言  亦不同墨江中王  是不義 然不賽其功  不得所知日繼  故後亦不堪戀慕而  不出外以置也  不受勅命  不知其少王  不驚而/不驚而怠乎  所以不參向者  死而 不棄  今不得戰  言不惜粮  隨奴不覺而  汝不嫁夫  不忍於悒 而  不得成婚而  相似不傾  不覺白 而  其婇不知落葉浮於盞  汝命不顯名者  故不得辭 而  譽其不失見置知其地以  不可遣他人  不可非報  不從天皇之命 而
 ー かえ-り い-り(そ) …
[「萬葉集」巻三#242]和我不念久尓[我が思はなくに] …
 きか いまし たち の ことは …
[「萬葉集」巻四#504]吾者不忘[我れは忘れじ] 命不死者[命死なずは] …じ ず
 よか-ら …
[「萬葉集」巻一#6]寐夜不落[寝る夜おちず] …
[「萬葉集」巻一#20]野守者不見哉[野守は見ずや] …
[「萬葉集」巻三#264]去邊白不母[ゆくへ知らずも] …
 こたへ ー くち ー …
よから心 …
[「萬葉集」巻一#12]珠曽不拾[玉ぞ拾はぬ] …
[「萬葉集」巻一#36]見礼跡不飽可問[見れど飽かぬかも] …
[「萬葉集」巻八#1500]不所知戀者[知らえぬ恋は] …
あし(は) ども ね ゆか …
[「萬葉集」巻二#156]不寝夜叙多[寝ねぬ夜ぞ多き] …
[「萬葉集」巻七#1119]手不折者[手折らねば] …
---<未>--- [訓]いま-だ ひつじ
幾久 いくだもあら て …
<是伊邪那美神未神避以前所生>
未作竟  未開戸  未還來  未葺合  未經幾時  故其政未竟之間  未成人  未即位之間  未聞王子  未日出之時  未寤坐
[「萬葉集」巻二#116]未渡[いまだ渡らぬ]
[「萬葉集」巻三#395]未服而[いまだ着ずして]
[「萬葉集」巻三#395]未相尓[いまだ逢はなくに]
[「萬葉集」巻四#579]未時太尓[いまだ時だに] 不更者[変らねば]

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