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■■■ 「古事記」解釈 [2022.5.30] ■■■
[514]產巢の意味再考
本朝と天竺・震旦の三国の違いを初めて認識したのは、「今昔物語集」編纂者だが、それは太安万侶の考え方を理解したからに他なるまい。

一般的には、最古の国史の視点から読むことになるので、「古事記」の一大特徴は、宇宙創成について語らない点とされる。初めから<高天原>が存在していることになり、すでに天地が存在しているとの記載になっている訳だ。(国史では<高天原>記載は無理筋。<天>と<高天原>との関係を明示する必要に迫られるからだ。「古事記」は周到であり、漢文の序文で、乾坤初分-陰陽斯開と記載しており、本文とは内容が異なっていて、わざわざ国史で確認する必要はない。)
それはその通りだが、そのインプリケーションが重要だと思う。

中華帝国はあくまでも儒教ベースの天子独裁-官僚統治体制。天帝の存在ありきが大前提だから、その背景としての陰陽的天地創造が必要となる。従って、日本国が、こうした帝国統治手法を導入するつもりなら、このコンセプトを国史に導入することになろう。しかし、「古事記」には、その必要は無い。
一方、天竺はフラグメントな絶対的職業身分制度を確立している。バラバラにならず安定社会を実現できるのは、時間軸なき神話の世界のなかで、相互依存体制で日々の生活が営まれているからだ。その社会を支えるのは思弁的な精神的指導者層。このため、天地創造神話に哲学的裏付けが付いて回るし、精緻な理論も構築されることになる。

倭国は、こうした社会とは全く異なっていることが、「古事記」冒頭の記述ではっきり示されている。
神話とされているだけで、常識的には「神話」の態をなしていない。(「古事記」では、神話は伊邪那岐命伊邪那美命二柱神への天神諸命詔を以て始まる。)ココにはなんら意味あるストーリーが無く、神名の羅列以上ではなく、人格神のレベルに達していないので、それぞれ何のイメージも浮かんでこないし、事績や役割についての情報は皆無なのだから、どのような神なのかさっぱりわからない。
しかも、大多数の神々は信仰対象になったこともなさそうで、祀られたことが無い可能性が高く、現代人にとってははなはだ理解し難いものがある。

しかし、考えてみれば、こうした特徴は、本朝型神名羅列(呪術的謡)⇒天竺型ストーリー展開叙事詩)⇒震旦型時間軸統治情報(史書)という流れを想起させることになる。「古事記」冒頭での記載はえらく古層の精神を受け継いでいるのではないか、との思いが過ぎることになる。
形而上学的観念があるとも思えず、神権・王権の正統性・権威を示すような色もついていそうにないからでもある。
そこで、ふと、気付かされることにもなる。

宇宙の創成とは、極めて観念的な発想であり、果たしてそれがヒトの原初的なものと言えるのか?・・・との疑問が浮かぶからだ。
神名羅列とは、始原の世界に戻っての命の再生を願う人々の生活実感そのものかも、と考えたりすることになる。
そういう点では、「古事記」は画期的な書であると言えよう。

神名の羅列開始は、漢文の序文で"參~作造化之首"とされていて、これが朝廷の公的見解と云うことだろうが、3神の関係は自明ではないし、首の意味するところも曖昧である。ただ、その1柱、天之御中主神という名称は抽象的で形而上的存在。残る2柱には<產巢>という言葉によるイメージがあり、この感覚が倭人の信仰の原点であることを指摘していると捉えるのが自然だろう。

この2柱が、伊邪那岐命伊邪那美命二柱神から始まる神話に再登場することで、本朝型神名羅列(呪術的謡)⇒天竺型ストーリー展開叙事詩)が成し遂げられている。
・・・両者の間には、それこそコペルニクス的転回がある筈だが、倭の社会ではそれがこともなげに相互浸透して繋がってしまうことが示されている。
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天地初發之時
於<高阿麻原>成神名
天之御中主神 次 ①高御產巢日神 次 ❶神產巢日神
此三柱神者 並獨神成坐 而 隱身也・・・
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この冒頭の文章は十分に推敲されている。天地初發という漢文と見誤る用語から始め、すぐにテンと読むなとの注が来るので、天地あめ/あま-つちかと気付かされる仕掛け。駄目押し的に、漢文としては読みようが無い<成神>が続く。
そのような表記であるとわかると、<高天原><地>それぞれの神々の原初を高御產巢日神と神產巢日神と呼び、両者の統合的位置付けが天之御中"主"神であろうとのイメージが自然に湧いてくる。
この3柱は原初神であって、個別の役割を担う神々を產巢切っ掛けを与える立場であるから、表に出る必要など無いのも、普通に理解可能である。
さらに、產巢名の1柱が存在することで、產巢という言葉は特別な用語ではないことが示される。
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・・・次
和久產巢日神・・・
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ところが、隠れ神と云うに、この2柱は、共に、その後の神話の進展に伴い顕在化してくる。
普通に考えれば、矛盾が甚だしく、とても理解不能だが、前述したように、ここが倭の特徴的なところ。どうということでもない。
神話の時代は獨神など例外的な存在であり、男女神が活躍するストーリーになるからだ。もちろん、大難題解決で大活躍する子神が登場する。
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萬妖悉發 是以八百萬神於天安之河原 神都度比都度比

高御產巢日神之子加尼令思 而
集常世長鳴鳥 令鳴 而・・・
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豊穣の世界の実現という点でも、原初神が自ら手を下す。讃岐の地母神の遺骸発祥の五穀を広める役割を果たすのである。
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故是
神產巢日御祖命 令取茲 成種・・・
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この原初神活動の流れが、葦原中国に於ける、大穴牟遲-葦原色許男命の話に引き継がれることになる。さらに、原初神の子神が突如登場し(両親が存在するのかも気になるところ。)、神権・王権が確立した強大な国家樹立に繋がることになる。ただ、原初神との血脈的な紐帯が生まれている訳では無い。
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其御祖命哭患而 參上于天 請❸神產巢日之命
乃遣𧏛貝比賣與蛤貝比賣 令作活
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即召久延毘古問時
答白 此者
神產巢日神之御子 少名"毘古那"神
故爾白上於神產巢日御祖命
答告 此者實我子也
於子之中 自我手俣"久岐斯"子也
故與汝葦原色許男命 爲兄弟 而 作堅其國 故自爾
大穴牟遲 與 少名毘古那 二柱神相並 作堅此國
然後者 其少名毘古那神者 度于常世國也
故顯白其少名毘古那神
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天照大御神にも原初神とその子神が関与し、葦原中国での神権・王権の確立を支える。と云っても、1周遅れであり、国譲りを進めるに過ぎない。
上首尾には進まず、<高天原>的な神名 高御產巢日神が、高木神と呼び変えられてようやく成功にこぎつける。(高木との名称は当初の意味とは大きく異なる。このことは、<高天原>の最高神的地位から降りたことを意味しよう。天照大御神は、<高天原>を統治すべしとの詔で<葦原中国>から上ったが、ようやくこの段階で、実効に至ったということになろう。)
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高御產巢日神 天照大御神之命以 於天安河之河原 神集八百萬神集 而 思金神令思而詔・・・是使何神 而 將言趣 爾 思金神及八百萬神議
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是以
高御產巢日神 天照大御神 亦問諸神等
所遣葦原中國之天菩比神 久不復奏 亦使何神之吉
思金神答白 可遣天津國玉神之子 天若日子・・・
 :
至于八年不復奏 故爾
天照大御神 ⑤高御產巢日神 亦問諸神等
天若日子 久不復奏
又遣曷神以問天若日子之 淹留所由
於是諸神及
思金神答白 可遣雉名鳴女時
詔之 汝行 問天若日子状者・・・
爾其矢 自雉胸通而 逆射上 逮坐天安河之河原
天照大御神 ㊀高木神之御所
是㊁高木神者 ⑥高御產巢日神之別名
高木神 取其矢見者 血著其矢羽
於是
高木神告之此矢者・・・
 :
於是天照大御神詔之 亦遣曷神者吉 爾

思金神及諸神白之 坐天安河河上之天石屋 名伊都之尾羽張神 是可遣・・・
天照大御神 ㊄高木神之命以 問使之
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出雲勢力の従属化を果たす時点は、結節点でもあるようで、<高天原>の神でありながらプロ出雲に映る神產巢日神の名前が登場する。
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是我所燧火者 於高天原者
神產巢日御祖命之登陀流天之新巢之凝州須之 八拳垂"摩弖"燒擧 地下者
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ここで決着とはいかない。葦原中国の神権・王権を誰が握るのかの、ルールが決まっている訳ではないからだろう。
しかし、なんといっても驚きは、降臨を命じられた太子が、命に反してその役割を子に渡すこと。理由は不明ながら、その子の母親は高木神の御子である点が考慮されたのだろうか。(太子の父親は存在するのだろうか。)
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爾天照大御神 ㊅高木神之命以 詔太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命 今平訖葦原中國之白
故隨言依賜 降坐而知看 爾 其
太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命答白
僕者將降裝束之間
子生出 名天"邇岐志"國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命 此子應降也
此御子者 御合㊆高木神之女 萬幡豐秋津師比賣命
 :
故爾 天照大御神 ㊇高木神之命以 詔天宇受賣神 汝者雖有手弱女人
 :
於是副賜其"遠岐斯" 八尺勾璁鏡 及草那藝劔

亦常世思金神 手力男神 天石門別神而詔者
此之鏡者 專爲我御魂 而 如拜吾前 伊都岐奉

思金神者 取持前事 爲政
此二柱神者 拜祭"佐久久斯侶伊須受能"宮
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初代天皇にも係ることになるが、それは夢を通してである。この時点で神話の時代が終わっていることを意味しよう。
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熊野之高倉下齎一横刀 到於天神御子之伏地 而 獻之時
天神御子即寤起 詔長寢乎 故受取其横刀之時 其熊野山之荒神 自皆爲切仆 爾 其惑伏御軍 悉寤起之
故天神御子問獲其横刀之所由

高倉下答曰:己夢云 天照大神 ㊈高木神 二柱神之命以・・・
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【参考】
≪產[文(呪記号)+厂(崖)+生]
 [語源]生子/卵
 [呉音]セン
 [漢音]サン
 [訓]う-む/う-まれる む-す もと
…ム(牟 武) (欲 産 臨) (无) (六 陸) (将 所)
≪巢/巣[巛+田+木]
 [語源]鳥の木上穴窠
 [呉音]ジョウ
 [漢音]ソウ
 [訓]す す-くう
…ス(須 巢 州/洲 周 酢 主) (酒 簀 臼) (所 為)

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