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■■■ 「古事記」解釈 [2022.6.10] ■■■
[525]葦牙は屮で青人草は艸
そろそろ、"「古事記」当用漢字逍遥"のハイライトを取り上げることにしよう。

奇をてらって、と云うことではないので、少々、ご説明しておきたい。

わかり易く言えば、世界を眺めても、明らかに比類なき表現である以下の2箇所をどう考えるかという問題に係るという意味。
漢字と関係などなかろうと思われるだろうが。・・・
  如葦牙因萌騰之物 而 成~名 "宇摩志阿斯訶備比古遲"~

  「汝如助吾
   於葦原中國所有"宇都志伎"青人草之落苦瀬 而 患惚時可助」告

ここらの解釈は何百年間に渡って積み上げられ、その数たるや五万どころではなかろうし、もちろん本サイトでも度々触れてはいる。しかるに、漢字との関連は原則視野外。それは当たり前で、文脈・全体像から離れて、各文字の出自に拘る方法論は誤った見方を助長しかねないからだ。(と云うか、漢字の推定成り立ちを用いて、都合の良い説明をする手は古くから五万と存在しているので、その真似をしても無価値としか言いようが無いだけのこと。)

しかし、「古事記」当用漢字全体を眺めると、太安万侶はことの他、文字についての知識が豊富で、各文字をどうとらえるのか熟考しているように思える。
そうだとすれば、文字の視点は殊の外重要と云うことになる。

国史では、あくまでも国家標準としての文字選定。公的な漢文文字として妥当かとの観点が最優先される。「古事記」はそこらからは完全フリーで、すべてが太安万侶撰でOKだし、統一表記に拘る必要もない。各々の文字本来の意味を考えながらの倭語表記が可能なのだ。従って、用いる漢字は本質的なレベルでの吟味がなされている可能性が高いと見る訳だ。

小生が検索した限りでは、葦牙や青人草類似の生命体を、部族発祥譚の核にするような例はない。
しかし、倭の文化は、長い年月に渡って列島に移り住んできた渡来民の様々な風俗・風俗が混淆して出来上がっていると考えるのが自然だ。基底には南方島嶼文化があるものの、大陸の帝国文化を利用することにも長けており、外来文化利用体質も濃厚。
ところが、世界的視野で見れば極東の島々であるし、列島自体が気候・土壌・地勢の多様性が半端なく、混淆文化といっても、あくまでも雑炊的であり、辺境地域でよくある、渡来時の文化のスケルトンがママ残存していることも少なくない。
ある意味、古代の残滓の博物館でもある。

そう考えると、葦牙や青人草が、倭人だけの特殊な観念とするのは、本当は無理な話。ただ、類似譚は、いくら探しても見つからないから、それしかあるまいとなる。現代人からすれば、止むを得まい。
ここで、ハタと立ち止まることになる。果たして、太安万侶もそう考えたか、だ。

漢字に対する扱いからすれば、安万侶の答は、おそらく「葦牙や青人草を命の息吹とするような観念は、東アジア全域に存在していた。」となろう。

これ以上、ゴタゴタと解説しても、説得性が高まることは無いから、以下にそう考える元となった諸点を列記するに留めておこう。(太安万侶からすれば知識人の常識レベルの内容。)・・・

先ず最初に見ておくべき文字は、草ではなく木の方。
≪木[十+𠆢]
  [元意味]冒/冒[冃+目]地而生
  [呉音]モク
  [漢音]ボク
  [訓]/けぃ→(く/moくぅ)→(け)→こ
木の訓は確定している訳でなく、<き>が基本だが、k行を動く。・・・
<く> n.a.
…実質的な呉音ではあるまいか。
<け> 謂易子之一木乎
  [訓読]「子の 一つ木に 易へる(か)!」と謂い(給い)
  [意味]「ただ一人の子に替えろ。」と謂う
…1木=1子ということだが、読みは"ひとつぎ"ではなく"ひとつけ"か。
<こ> フ其木実
…現代語でも"この実"や"この葉"。
 作業に係る場合や利用する時はコと呼ぶことが多そう。

上記の[元意味]文字は衣で目を覆っている象形の可能性がある。そのような見方が生まれるのは、何も見えない状態から、何者かが生まれてくるという意味が、木の本義と考えるからだ。東方に行くと原初に生まれた超巨木ありとの観念(太陽はその木に架かる。)と同根。洋学的には宇宙樹かも。

ただ、生命体が成るという感覚は、芽生えであるから、木の元意味と合致している訳ではない。その観念が文字化されると以下になる。
≪屮[凵+丿]
[注意] 本来の丿屮と|屮(左/𠂇の意味の異字)はフォント種毎に表示が異なる。
  [元意味]芽生え
  [漢音]ソウ

上記は余り使われない文字だが、部首名(艹)である以下の文字は御馴染み。
≪艸/屮屮 or 屮屮屮≫
  [元意味]百芔[卉]
  [呉音・漢音]ソウ
  [訓]くさ

さて、ここまで来ると、<き>と<くさ>が繋がらないように思ってしまうが、もう1ステップ存在する。
≪芔[屮屮屮]
  [音]
  [訓]くさ

ともあれ、艸が、現代概念の草を意味している訳だ。草という意味の文字は艸ではなかったのである。
それでは、何を意味していたのか。

≪草[艸+早]
  [元意味]櫟實=どんぐり…黒色染帛材(p角)⇒皁/p
  [定着意味/読み]=艸
云うまでもないが、どんぐり類は生産性高き穀類なき時代の倭人の主食。

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