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■■■ 「古事記」解釈 [2022.7.2] ■■■
[547]力士をどう読んだのだろう
力士りきし>という言葉は"お相撲さん"の呼び方として定着している。この熟語は「古事記」にも「萬葉集」にも用いられているから、その時代にすでに常識的語彙化していたと見てよさそう。
ところが、現代の読みは、どう見ても訓では無い。しかし、呉音なら"りきじ"。と云うことは、相撲用語として使われる際に、清音化させられてしまったことになる。

「古事記」では、沙本毘古王・佐波遅比売と伊久米伊理毘古伊佐知命の三角関係をめぐって発生した戦乱譚で<力士>が登場してくる。
  是以 選聚軍士之中 力士輕捷 而・・・
  ・・・爾 其力士等 取其御子 即握其御祖・・・
  ・・・故其軍士等 還來奏言・・・

<力士>をどう読むかは簡単ではないが、軍"士"のなかから、力"士"と、身軽で敏捷な者(後置形容詞はありえないから、力士とは別人である。)を選んだとされているところを見ると正式な官名に思える。しかも11代天皇の事績だから、訓読みに違いなかろう。それに適合するのは、"ちからひと"だけか。"ひと"は、士の訓ではないので、現代人としては、官名と云うより一般用語に感じてしまうが。
相撲の由緒は、どう見ても古代祭祀だが、そう考えるなら名称としては<取手>と呼ぶべきだろう。しかし、大衆社会での人気は漢語読みなので<相撲取り>でなく<力士>とされたと思われる。ただ、呉語読みではなくしたのが面白い。
  天照大御~逾思奇 而 稍自戸出而臨坐之時
  其所隱立之<天手力男~>取其御手引出
≪力≫ [呉音]リキ [漢音]リョク [訓]ちから [意味](肉の力)
≪士≫ [呉音]ジ [漢音]シ [訓]ま お さむらい [意味]

一方の「萬葉集」だが、"ちからひと"では字余りの限度を超えるし、時代的にはママ漢語の可能性もあるから"リキジ"と読むのが妥当だろう。・・・
 池神 力土儛可母 白鷺乃 桙啄持而 飛渡良武[巻十六#3831]
 [池神の 力士舞かも 白鷺の 桙啄ひ持ちて 飛び渡るらむ]
・・・<力士>という単語は、ポルトガル語辞書@1603年で呉音の"リキジ"の読みとされている。この時点では相撲取手の名称ではなく、力ある者との一般用語とされている。「今昔物語集」でも取り上げられており。古くからの常用語であることがわかる。この語彙は、古代から漢語の熟語で、官名あるいはそれに相当するような人を指しているが、日本国でこの漢語が使われるようになったのは、仏教用語流入からだろう。
 武王有力好戲 力士任鄙 烏獲 孟說皆至大官[「史記」秦本紀]
    …大力之士夫
 左右神武軍統軍各一人 本軍旗二 吏兵 力士旗各五[「宋史」儀衛志三]
    …隨皇帝車駕出入四門守衛[官名]
 黃巾力士…上界神將@道教(太平道)
 金剛力士…天兵神將@仏教

ついでながら、インプリケーション。力士とは純粋な兵士とは異なり、儀仗的警護役だったのでは。攻撃能力抜群ということではなく、どちらかと云えば刃傷のやられ役に近く、力持ちとして姿態そのものが目立っており、楽しい雰囲気を醸成する人気者でもあったように思える。・・・少々の手傷ではへこたれることがないので襲撃者が逆に損害を喰ってしまうことになり、迅速な侵略の歯止め役であると共に、防衛体制立ち上げの警報発信役でもある。

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