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■■■ 「古事記」解釈 [2022.7.5] ■■■
[550]法律観念の端緒が見えてくる
「古事記」は、倭国の風土は宗教第一主義の儒教とは折り合いが悪いことを記載しているところがあるが、中華帝国の統治体制の模倣を進めている朝廷の意向に抗している訳ではない。官僚の一員でもあるから、盤石な統治体制構築は必要不可欠と考えていたに違いなく、そのためには儒教的倫理観に則った文書規則による官僚統治を進めるのは当然ということになろう。(基本反儒教の仏教と思われる、「酉陽雑俎」著者の段成式と同じような考え方と云えよう。)

特に≪法≫については、儒教型にならざるを得ないところがあろう。これを歴史的に見れば、秦的な、法治国家第一主義から、漢的な、儒教倫理主義へと流れがかわり、それを律令国家体制として進化させたのが唐的な法ということになる。
宗族第一主義としての信仰としての儒教は取り入れることは無理だが、官僚統治機構の理念を支える社会道徳のルールは取り入れるべしという姿勢である。

以下のように整理されている。・・・
唐代刑法典の官撰注釈書「唐律疏議/永徽律疏653年(衛禁・職制・戸婚・厩庫・擅興・賊盗・鬥訟・詐偽・雑律・捕亡・断獄の12篇・502条)卷第一
【刑】笞刑(5) 杖刑(5) 徒刑(5) 流刑(3) 死刑(2:絞 斬)
【十惡】
①謀反…謀危社稷
   <天子・国家に危害>
   王朝守護の土地神(社)と五穀神(稷)
②大逆…謀毀宗廟 山陵及宮闕
   <皇帝に係る建造物棄損>
   皇帝の権威たる皇祖(御靈屋) 皇帝陵 皇居
③謀叛…謀背國從僞
   <外国・非正統王朝加担・出奔>
④惡逆…毆及謀殺祖父母 父母 殺伯叔父母 姑 兄姊 外祖父母 夫 夫之祖父母 父母
   <祖父母・父母撲殺 近親殺害>
⑤不道…殺一家非死罪三人 支解人 造畜蠱毒 厭魅
   <未遺骸への悪行>
⑥大不敬…盜大祀神御之物 乘輿服御物 盜及僞造御寶 合和御藥 誤不如本方及封題誤 若造御膳 誤犯食禁 御幸舟船 誤不牢固 指斥乘輿 情理切害及對捍制使 而無人臣之禮
⑦不孝…告言 詛詈祖父母父母 及祖父母父母在 別籍 異財 若供養有闕 居父母喪 身自嫁娶 若作樂 釋服從吉 聞祖父母父母喪 匿不舉哀 詐稱祖父母父母死
   <反宗族祭祀的行為>
⑧不睦…謀殺及賣緦麻以上親 毆告夫及大功以上尊長 小功尊屬
⑨不義…殺本屬府主 刺史 縣令 見受業師 吏 卒殺本部五品以上官長 及聞夫喪匿不舉哀 若作樂 釋服從吉及改嫁
   <本屬府主(主君)への犯行>
⑩內亂…姦小功以上親 父祖妾及與和者
   <近親相姦>

太安万侶は、ここらも勉強していたようで、この視点で下巻収録事績を解釈することをお勧めしていると見てよかろう。
こんな視点で歌謡が語られることはありえないから、天武天皇の直接的指示があった可能性もあるが、その様な見方の重要性を安万侶自身が理解していたことになろう。時代の流れを踏まえて。・・・

---市辺之忍歯王御子の㉓袁祁王之石巣別命と㉔意祁命による御陵毀損---
天皇 深怨殺其父王之大長谷天皇 欲報其靈
故 欲毀其大長谷天皇之御陵 而 遣人之時
其伊呂兄意祁命奏言:「破壞是御陵不可遣他人 專僕自行如天皇之御心破壞 以參出」
爾 天皇詔:「然隨命宜幸行」
是以 意祁命自下幸 而 少掘其御陵之傍
還上復奏言:「既掘壞也」
爾 天皇異其早還上 而 詔: 「如何破壞」
答白:「少掘其陵之傍#135741;」
天皇詔之:「欲報父王之仇 必悉破壞其陵 何少掘乎」
答白:「所以爲然者父王之怨 欲報其靈是誠理也
 然其大長谷天皇者雖爲父之怨 還爲我之從父亦治天下之天皇
 是今單取父仇之志
<悉破治天下之天皇陵>
 後人必誹謗
 唯父王之仇不可非報 故少掘其陵邊 既以是恥足示後世」

<大逆>を犯すことになる。それは後世の"恥"という理屈が面白い。

---⑯大雀命求婚を拒絶した女鳥王謀反表明
     討伐將軍山部大楯連が生存王の玉を取得し妻に装着---

天皇[大雀命]聞此歌 卽興軍欲殺
爾 速總別[波夜夫佐和気]王 女鳥[賣杼理]王 共逃退 而 騰于倉椅山・・・
故 自其地逃亡 到宇陀之蘇邇時 御軍追到 而 殺也・・・
 :
其將軍山部大楯連 取其女鳥王所纒御手之玉釼 而 與己妻
此時之後 將爲豐樂之時 氏氏之女等皆朝參
爾 大楯連之妻 以其王之玉釼纒于己手 而 參赴・・・
「其王等 因<无禮>而 退賜
 是者無異事耳
 夫 之奴乎 所纒己君之御手玉釼
 於膚熅 剥持來 卽與己妻」
乃 給死刑也

<不道>による処刑だろう。

---⑰大江之伊邪本和氣命の弟 墨江中王謀反
     ⑱蝮之水歯別命の画策で曽婆訶理が暗殺---

爲吾雖有大功 既<殺己君><不義> 然不賽其功
≪義≫[呉音・漢音] ギ [訓] ただ-しい よ-い/よ-し
  [用例] 不義而富且貴 於我如浮雲[「論語」述而]
≪功≫…"勲"の意味だろう。
  [呉音]
  [漢音] コゥ
  [訓] いさお たく-む/たく-み のり とし つとむ こと ぐう/くぬ かつ よし
  [用例] 至人無己 神人無功 聖人無名[「莊子」逍遙遊]  功 利民也[「墨子」經上]
  比来之 吾戀力 記集 功尓申者[クウに申さば] 五位乃冠[「萬葉集」巻十六#3858]
<謀叛>処断行為は勲に値する。主君への犯行は<不義>だから、処刑されることになる。

---⑲男淺津間若子宿禰命の皇子 木梨之軽太子近親相姦---
天皇崩之後 定木梨之輕太子所知日繼
未卽位之間
<姧其伊呂妹>輕大郎女
≪姧/奸≫ =姦
  [意味] 男女不正當的性關係
  [呉音] けん
  [漢音] かん
  [訓] かしま-しい みだら よこしま
  [用例] 民倍本多巧 姧[姦]軌弄法 善人不能化 唯一切嚴削為能齊之
           [「史記」巻百三十太史公自序第七十]
現代人からすれば、用語には強烈な違和感を覚えるが、<内乱>である。

---大日下王子息 目弱王 ⑳穴穂御子殺害
     ㉑大長谷若健命 対応しない黒日子王・白日子王を残虐に殺害---

爾 大長谷王子當時童男 卽聞此事以慷愾忿怒
「一爲天皇一爲兄弟何無恃心 聞殺其兄不驚而怠乎」・・・
亦 到其兄白日子王 而 告狀如前 緩亦如K日子王

天皇殺害は<十悪>どころの話ではなかろう。

---新嘗祭酒宴担当の三重婇 ㉑天皇への獻盞で粗相---
又天皇坐長谷之百枝槻下
爲豐樂之時
伊勢國之三重婇指擧大御盞以獻
爾其百枝槻葉落浮於大御盞
其婇不知落葉浮於盞 猶獻大御酒

王朝の重要祭祀"豐樂"での汚損行為は最悪。判定基準は必ずしも定かではないが、稷を蔑ろにしたのだから<謀反>とされてもおかしくない。ここでは天皇の大御盞を穢したから<大不敬>となろう。今上天皇が不快に感じたから処刑裁断に至った訳ではない。

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