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■■■ 「古事記」解釈 [2022.8.15] ■■■
[591]潮汐と塩の同一性
現代の藻塩神事ではわかりにくいが、明らかに古代から極めて重要な祭祀なくしては鹽の生産はあり得なかったのは間違いあるまい。(e.g. 「常陸國風土記」信太郡浮嶋村:四面絶海 山野交錯 戸一十五 所居百姓 火鹽為業 而 在九社 言行謹諱)「古事記」の伝承譚記載に当たっては、鹽については慎重な配慮がなされていると見てよいのでは。
鹽椎神は潮つ路の案内をしており、食塩とは無縁であるし、南海神の贈り物の珠は潮汐力を意味しているから、これも又食塩との接点は無い。しかるに、すべてを鹽として一括しており、なんらかの意味があると見てよさそうだ。(「太平御覧」巻八百六十五飲食部二十三䀋に53用例が収録されている。異体字としては、盬@河東䀋池。
  戴延之:「西京記」曰:䀋生水中 夕取朝復 千車萬驢 適意多少[@「說文」]
  「吳錄」地理志曰:吳王煮海水為䀋 今海䀋縣是也[@「漢書」]
  「南州異物志」云:䀋如石英[@「吳時外國傳」]
  「吳錄」地理志 曰:吳王煮海水為鹽[@「漢書」])

手間をかけて準備した過飽和塩水から一挙に結晶析出させる神事が存在していて、潮汐の力がそこに籠められているとの観念が存在していたのかも知れない。

≪しほ≫
<鹽> [元義][鹵+咸]
鹽許袁呂許袁呂邇 自其矛末垂落之鹽
釀八鹽折之酒 每船盛其八鹽折酒而待
浴此海鹽 爾其鹽隨乾 浴海鹽當風伏 沈溺海鹽
鹽椎神來問曰 爾鹽椎神云我爲汝命
出鹽盈珠而溺 出鹽乾珠而活 授鹽盈珠鹽乾珠 出鹽盈珠而令溺 出鹽乾珠而救
師木津日子玉手見命坐片鹽浮穴宮
即作八鹽折之紐小刀授其妹曰 作八鹽折之紐小刀授妾
又入其海鹽而
又如此鹽之盈乾而盈乾
茲船破壞以燒鹽

⇒<塩>
<潮>…非使用
<汐>…非使用
<志本>
[歌75]【人々】木船琴  枯野を 塩に焼き[志本爾夜岐]
<入>…染める回数の辞(8シホ)
・・・そもそも、上記漢字の成り立ちもおかしなところがある。インテリがいかにも気になりそうな部類の"厭らしさ"。
(「徒然草」第百三十六段:医師(典薬頭)篤成、故法皇の御前に候ひて、・・・「先づ、<しほ>といふ文字は、いづれの偏にか侍らん。」・・・)塩の部首は土偏だが、元字とされる鹽は脚の皿。潮汐は水だからすべて全く系列が異なる。一方、倭語の"しほ"だが、元々の概念は同根の可能性があろう。それを、漢語にわざわざ合わせて、分別する必要があるのか、という風に問題は立てられているということ。

そこらを十二分に踏まえている「万葉用字格」では、<志部>[正訓]シホ記載のみ。「萬葉集」は「古事記」とは姿勢が違うとのご注意である。と云うか、太安万侶の眼力がわかったということでもある。・・・
---「萬葉集」---
<潮>
潮毛可奈比沼 潮左為二 潮干者 潮干満 潮干乃道乎 潮干汭尓 潮干乃奈凝 潮干乃滷尓 入潮為 潮者干去友 衣手潮 潮干乃山乎 海者潮干而 満来潮之 塩津菅浦
<汐>…非使用
<塩(Salt系)>
焼塩乃 軍布苅塩焼 塩焼火氣 塩津山 塩焼炎 塩焼衣乃 堅塩乎 鹹塩遠 藻塩焼乍 塩焼等-諾毛塩焼 塩焼衣乃 燒塩煙 塩焼衣 燎塩乃 塩津乎射而 塩焼海部乃 辛塩尓 御塩乃波夜之 塩柒給
<塩(八入系)>
八塩尓染而
<塩(潮系)>
塩満来奈武 塩氣能味 塩干勿有曽祢 塩干二家良之 塩干乃 塩干去者 塩乎令満-塩乎令満-塩乎令于 塩干之名凝 塩干乃鹵之 満来塩乃 塩満来者 塩干乃共 塩干者 満奴流塩鹿 吾兒之塩干尓 朝明之塩尓 塩干家良思 塩干者 塩満者 塩満者 塩満者 夕塩尓 塩莫満 塩乾尓祁良志塩干乃浦乎 塩干尓出而 夕塩之 塩氣立 塩干能小松 浪乃塩左猪 塩満者 満来塩能 満来塩之-彼塩乃
<四寳>
[巻一#40]潮満つらむか[四寳三都良武香]
<思保>
[巻十四#3366]潮満つなむか[思保美都奈武賀]
[巻十四#3553]入る潮の[伊流思保乃]
[巻十四#3556]潮船の[思保夫祢能]
[巻十七#3993]潮満てば[思保美弖婆]
[巻二十#4331]夕潮に[由布思保尓]
<斯抱>
[巻十四#3456]潮舟の[斯抱布祢乃]
<志保>
[巻十四#3503]潮干のゆたに[志保悲乃由多尓]
[巻十四#3549]潮満ちわたる[志保弥知和多流]
[巻二十#4389]潮舟の[志保不尼乃]
<之保>
[巻十五#3594]潮待つ[之保麻都等]
[巻十五#3595]潮干の潟に[之保非能可多尓]
[巻十五#3610]潮満つらむか[之保美都良武賀]
[巻十五#3627]潮待ちて[之保麻知弖]・・・潮満ち来れば[之保美知久礼婆]
[巻十五#3638]うづ潮に[宇頭之保尓]
[巻十五#3642]潮満ち来らし[之保美知久良之]
[巻十五#3652]焼く塩の[也久之保能]
[巻十五#3703]八しほの色に[也之保能伊呂尓]
[巻十五#3706]潮満てば[之保美弖婆]
[巻十五#3707]浦潮満ち来[宇良之保美知久]
[巻十五#3710]潮干なば[之保非奈婆]
[巻十七#3891]潮干潮満ち[之保悲思保美知]
[巻十七#3932]焼く塩の[夜久之保能]
[巻十七#3985]満ち来る潮の[美知久流之保能]
[巻十八#4034]潮の早干ば[之保能波夜非波]
[巻十八#4045]満ち来る潮の[美知久流之保能]
[巻二十#4360]夕潮に[由布之保尓]
[巻二十#4396]朝潮満ちに[安佐之保美知尓]
[巻二十#4398]夕潮に[由布之保尓]
<志富>
[巻二十#4368]潮船に[志富夫祢尓]

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