→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2022.9.11] ■■■
[618]食國は漢語と違うか
<食國>については、今迄も触れて来てはいるものの、検索対象の状況から見て徒労確実なので、手抜きで済ませて来た。ただ、用例は以下の2つしかなく、中味も明瞭に見えるので、マ、いいか、ということで。
それも拙かろうということで、特段調べたりするつもりはないが、多少、頭を使ってみることにした。だからといって、代り映えするとも思えないものの。・・・
伊邪那伎命詔三貴子:
 所知
  高天原(天照大御神)
  夜之袁須(月讀命)
  海原(速須佐之男命)
天皇詔三皇子:
 為  山海之政(大山守命)
 執  食國之政(大雀命)
 所知 天津日繼(宇遲能和紀郎子)

なにが問題かと言えば、読みが指定されているからである。 ([正訓]ヲス)
  食國ヲスクニ
訓読みなら、こうしたくなるのではあるまいか。([正訓])
  御食国みけつくに
古代の訓は普通は<け>で<をす>とは読むまい。
  御食みけ 大御食おほみけ
それに<食>が国を装飾するという用法にも違和感大あり。モノを食べるという漢文順序ならわかるが、その場合は[借訓]ヲシが使われていたようだ。つまり、こう読むことになる。
  食/食物/飲物をしもの  味物/珍味ためつもの
「萬葉集」の用例を見ると、藤原京から始まっており、どうも律令国家としての用語の臭い芬々。租庸調が通る時代に入ってからの常用語と考えるのが自然だ。
  御食国…贄の貢進国(若狭国 志摩国 淡路国 等@平城京跡出土木簡)
     (ニヘ 大贄オホニヘ 速贄ハヤニヘ)
    朝廷でなく直接皇室納入[ "諸国貢進御贄"@「延喜式」内膳司条]
とすれば、まだ一般的な用語ではなかった頃に、太安万侶は、敢えて中華帝国の正真正銘の漢語を3貴子の役割を示すのに適当ということで利用したことになろう。
  [漢語]食國…享受国家的俸禄
     e.g. "無心復居官府 無宜復食國邑"@「漢書」匡張孔馬傳
[巻一#50]藤原我宇倍尓 食國乎
[巻二#199]食國乎 定賜等
[巻六#928]食國乎 治賜者
[巻六#956]八隅知之 吾大王乃 御食國者 日本毛此間毛 同登曽念
[巻六#973]食國 遠乃御朝庭尓
[巻六#1033]御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乗而 奥部榜所見
[巻十八#4094]御食國波 左可延牟物能等 可牟奈我良 於毛保之賣之弖
[巻十九#4254]食國毛 四方之人乎母
ちなみに、「万葉用字格」では、以下の読みもヲスとみなしている。現代人は、特別な読みにするらしいが、それが気になる人はほとんどいないようだ。
[巻一#36]八隅知之 吾大王之 所聞食[きこしめす] 天下尓
[巻四#554]古人乃 令食有[たまへしめたる] 吉備能酒

どうして、漢語を使ったかと言えば、答は1つしかなかろう。天子の臣下という地位であることを示したかった、と。月讀命は、天体から想像しがちな昼の太陽~と並ぶ夜の月神という観念ではなく、月の運行を読み取って潮位や時節を知らせるだけの天照大御~の補佐役であると規定している訳だ。
倭の叙事詩に漢語が入ってくるとは思えないが、もともと月や星は倭人の信仰対象としてはマイナーであるから、この箇所の表現が解り難かった可能性もあり、意味が明解な漢語を用いることにしたのかも知れない。

一方、帝国秩序の刑罰思想を掲げ、儒教の禁忌である兄殺しを敢えて犯して皇嗣の地位を奪取した大雀命の方だが、与えられた役割は皇嗣に認定された兄の臣下ということになる。倭の伝統からすれば末子継承の筈なのに。それからすれば、兄は蓄積されてきた武力で弟を護って天皇の権威を高める役に徹することになるが、儒教の長子相続を是とするように社会が変えられてしまったことになる。ここは、その象徴として、是非とも漢語使用ということか。そうなると、もともとの叙事詩では漢語読みだった可能性も。

もともと、倭の風習として、神人共食儀式があるが、それは中華帝国の天子が臣下に食を与えることで服属を示すような食國観念とは違うと思う。
太安万侶はそれを知りながら、あえて漢語の概念を使っている。

 (C) 2022 RandDManagement.com  →HOME