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■■■ 「古事記」解釈 [2023.5.12] ■■■
[688] 「古事記」仮名割注音 紀岐疑藝
きkiギgi現代人は、通常、ゲイ術と発音するが、古代人は術と言っていたと主張できるものだろうか。

「古事記」テキストを暗記用に読むのでなければ、すぐにそんな疑問が湧くのではないかと思うが、全く逆らしい。

太安万侶君、文字読みの割注が過ぎるゼ、というのが小生の実感。しつこいと感じさせるほどに、<藝>が入る文字列を"音"で読むようにとご注意されるのである。・・・
--- ≪藝≫用例 ---
㊔沫那藝神【那藝二字以】-㊔頰那藝神 ㊔火之夜藝速男神【夜藝二字以】 ㊔志藝山津見神【志藝二字以】 ㊔奧津那藝佐毘古神【自那以下五字以】 ㊔邊津那藝佐毘古神
草那藝之大刀 也【那藝二字以
】/草那藝劔/草那藝劍【那藝二字以
[歌]岐藝斯波登與牟 [歌]波多多藝母 
伊多久佐夜藝弖【此七字以

於出雲國之多藝志之小濱造天之御舍【多藝志三字以

㊔天邇岐志國邇岐志【自邇至志以音】天津日高日子番能邇邇藝命 ㊔天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命【
波限那藝佐 訓葺草云加夜】
伊多玖佐夜藝帝阿理那理【此十一字以

[歌]志藝和那波留 [歌]志藝波佐夜良受 [歌]曾泥米都那藝弖 ㊔爾邇藝速日命 ㊔多藝志美美命 [歌]許能波佐夜藝奴 ㊔多藝志比古命 ㊔當藝志比古命 ㊔阿藝那臣
始爲阿藝登比【自阿下四字以

當藝野上
今 吾足不得歩 成當藝斯玖【自當下六字以
】故號其地謂當藝也
[歌]伊奢阿藝
佐邪岐 阿藝之言【自佐至藝五字以

[歌]母登都流藝 [歌]摩佐豆古和藝毛 [歌]都藝泥布夜 [歌]和藝幣能阿多理 [歌]迦藝漏肥能 [歌]當藝麻知袁能流 ㊔意富藝多志比賣


しかるに、この"音"たるや、辞書では見かけない<ギ>とくる。もちろん、上記用例を見る限り、<ギ>以外の候補があがるとは到底思えない。
浅学者には、どういうことかさっぱりわからず、実につらい。

と言うことで、<k>音が入る文字を見ておこう。・・・
---
(幾の初画)(〃) [萬]…紀【乙】 @漢音
                   [宣]伎紀貴幾吉
                   [鹿]伎妓支吉奇綺騎寄枳貴企紀棄忌14字
≪紀≫ 【正音】
[呉音]
[漢音]
[訓]おさむ のり しるす ただす とし とも もと
---
ki [萬]…岐【甲】 @漢音
                   [宣]
≪岐≫ 【正音】
[呉音]
[漢音]
[訓]また たかし えだみち
---
ギ [萬]…疑【乙】 @呉漢音
                   [宣]藝疑棄
                   [鹿]疑義宜藝祇   _5字
≪疑≫ 【正音:ギ】
[呉音]
[漢音]
[慣用音]キョウ
[訓]うたが-う うたがわしい
---
gi [萬]藝/芸…藝/芸【甲】 ⍰
                   [宣]
≪藝/芸≫ 【略音:ギ】
[呉音]ゲ       (蕓/芸:ウン)
[漢音]ゲイ      (蕓/芸:ウン)
[名前読み] スケ ノリ マサ ヨシ
[訓]う-える のり わざ  (蕓/芸:くさぎ-る あぶらな)
---

上記に呉音と漢音を記載したが、この手の情報を網羅しても、たいした意味はない。
しかし素人にとっては必要なので、厄介極まる。(例えば、辞書によって判定が異なるので素人にはほとんど使えない。批判しているのではないので念のため。)ここらについて、少し触れておかねばなるまい。
まず、国史ではないから、<呉音>であるかないかの確認をした方がよい。(小生は<唐音>を唐朝公用語音の用語と定義したいクチだが、世の中の常識は通俗用語続行。このため、名称はどうあれ、学問用語の態をなしていない。)
呉音…六朝(長江下流域)語バイリンガル百済上流階級難民[「古事記」最終の推古朝頃から]
漢音…唐朝(長安&洛陽系)[奈良後期〜平安]習得者
宋音…北宋の商人語[平安中期]
  +南宋〜元朝初期の禅僧語(江南浙江系)
  +明末黄檗宗伝来の南京官話語
(中世)唐音…鎌倉初から再開された交流での渡来者(多種断片的流入で不正確)
(近世)唐音…明〜清朝初期禅僧・商人・長崎通詞(少語彙)

曖昧ではあるものの、上記の定義が通用しているとしたら、712年成立の「古事記」は<呉音>で統一されていてもよさそうに思うが、紀岐はわざわざ<漢音>が用いられている。
と言うことは、<藝>の読みは<呉音>"ゲ"ではなく、712年現在の中華帝国公用語の"音"ですゾと断り書きが必要だったということか、と思ってしまう。序文の漢文の質が高い以上、この文字自体は、六藝(禮-樂-射-御-書-數)として、知らない筈が無いし。(但し、「説文解字」には未収録。)
ところが、後に本朝で公式の"音"として使われることになる<漢音>を見ると"ゲイ"であり、とても"ギ"から発生した音とは思えない。・・・コリャ一体全体なんなんだ、となる。
しかし、大陸に"ギ"音が無かった訳ではない。唐朝時代の客家語の発音は"ngi/ŋi"と見ることは可能だからだ。この系統の音は、<呉音>系では使われにくいようだが、準<呉音>的に通用していた可能性があろう。・・・と言うより、古<呉音>が残っていると言った方が当たっていそう。直截的に言ってしまえば、ギはgiではなく、ngiであることを、「古事記」は口を酸っぱくして指摘していることになろう。何時までこの音が遺ったのかは定かではないが、現代語では放逐されてしまっている。
太安万侶凄し。

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