→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2023.8.3] ■■■
[764] 太安万侶:「漢倭辞典」究極
現代社会は、老化=高齢化と見なすことになっているが、統治上大雑把に見るしかないだけで、実際は、同年齢でも老化程度は大きく異なる。従って、年齢をもって、個々人の心身の老化指標として用いるのは、かなりの無理があろう。

「古事記」では、童女好みらしき天皇(㉑大長谷若建命)の御召しを、80年間待ち続けた引田部赤猪子あかゐこ譚で、< 極 老 おい きは-まる>との表現がなされているが、究極的に映るほどの老化が進んでいるなら宮を尋ねることもできないから、<極 老ゴク ロウ(⇒御苦労)と読ませたいのだろうか。
滅多に、使おうとはしていない文字なので、なにか思うところがあったのではとつい勘ぐってしまう。

_… [訓]きは-める/きは-まる/きはみ
心裏欲婚 憚其極老 不得成婚
[序文漢文]御紫宸而コ被馬蹄之所極

と云うのは、「萬葉集」ではお気軽に用いているように思われるから。
  [呉音]ゴク [漢音]キョク [当て訓]はて
極此疑/こごしかも 極太甚/ここだはなはだ 極太戀/ここだこふるを
依相之極/よりあひのきはみ 極/きはまりて 曽久敝能極/そくへのきはみ 成極/なりなむきはみ 遠隔乃極/そくへのきはみ 其日之極/そのひのきはみ 将應極/こたへむきはみ---狭渡極/さわたるきはみ 将至極/いたらむきはみ 依相極/よりあひのきはみ 極而/きはまりて 生極/いけらむきはみ 極奈久/きはみなく
四極山/しはつやま 極尓監鴨/はてにけむかも 吾船将極/わがふねはてむ 年者極之賀/としははてしか


<極[木+亟]>には"て"との意味が根底にありそうだから、その様な表現に他の文字を当てていたということだろうか。
  尤も、棟 [「説文解字」](=房屋的正樑)とされている。(家屋の正中高所)

そうなると、類似漢字利用がありそう。候補としては、こんなところか。只、どれにしても、老を付けた2文字にしっくり感は無いが。・・・

漢語の最前・最後の用法がすでに一般化していたかも。
4…
最後 其妹伊邪那美命 身自追來焉
最後之來 大穴牟遲~
卽 伏最端和邇 捕我悉剥我衣服
而 御心知伊須氣余理比賣立於最前 以歌答曰

至高的な用例は無い。
56…
自〜至〜○字以音/嶋/~・自今至○年・自往古至今時 至于○日/年/歲・至于今 至〜・至〜時/年 至今・至今〜
八拳須至于心前 八拳鬚至于心前
爲射惡~之矢之至者 不中天若日子
跪于庭中時 水潦至腰
掘穴 而 隨立埋者 至埋腰時

端末 2文字は対偶的扱いらしい。
6…
其容姿端正(x2)  感其姿容之端正
卽 伏最端和邇 捕我悉剥我衣服
於是 初令貢男弓端之調 女手末之調
爾 卽 以其咋遺之蒜片端 待打者 中其目乃打殺也

9(1)…
自其矛末垂落之鹽累積 成嶋 是淤能碁呂嶋
山末之大主~
千引石フ手末 而 來
於是 初令貢男弓端之調 女手末之調
筑紫末羅縣
筑紫之末多君
故 天皇之還幸時 其大~滿山末 於長谷山口送奉
末押縻魚簀 如調八絃琴 所治賜天下 伊邪本和氣 天皇之御子 市邊之 押齒王之 奴末
乞其歌末之時

非使用

 (C) 2023 RandDManagement.com  →HOME