→INDEX ■■■ 「古事記」解釈 [2023.10.3] ■■■ [824] 太安万侶:「漢倭辞典」漢語詞典 ご想像がつくように、両者の記載は一致しない。 🇯🇵報告[名詞]⇒(報告-)する[動詞] ⇔🇨🇳報告[動詞] 🇯🇵革命[名詞]⇒n.a ⇔🇨🇳革命[動詞] このことは、日本語の文法頭で漢語の文法を考えると、いい加減で適当な創りと感じることになる。 しかし実態は逆と言ってよいだろう。 義務教育で叩き込まれる日本語文法とは、語順が異なり名詞が変化しない代わりに助詞が付く言語として、名詞語たる印欧語の文法に沿って、網羅的に説明できるように作られたものだからだ。日本語は動詞言語であるから、本来はそれを土台として考えるべきところ、名詞言語を土台にすればどうなるかは自明。 一方、文字表記で単語の切れ目を付けざるを得なくなった屈折語の品詞論を、さして重要視していないだけあって、漢語文法はよくできている。 それがよくわかるのが冒頭の品詞設定の仕方。 構造文では、報告も革命の品詞以前にまずはSの同定。と言っても、難しいことは1つもない。S+V+О的な文構造言語である以上、文頭がわかるなら、Sの読み違えが発生する可能性は極めて低いからだ。そのSが、動詞であろうが、名詞であろうが、どうでもよい話。品詞が変わったところで、発音はなんら変わるところが無いのだから。 と言うか、動詞が主語になれると決めても一向にかまわないのは自明。 日本語文法頭だと、主語だから名詞の筈となろうが、動詞が意味する行為の結果がタンジブルなら、その語義からして動詞を名詞同様の扱いをする方が正当だと思う。 ・・・これが、名詞言語たる漢語の一番の基本と違うか。ここに、品詞云々の次元を持ち込んだところで、形而上哲学論争しかできないだろう。 ここまで書けばおわかりだろうが、このレベルでの品詞論は構造言語の大枠を定義するだけで十分。細々と、詳細を詰めるのは、間違った考え方である。 品詞を的確に定義すべきは、このレベルの下位階層である。つまり、Sの中を整理することになる。当然ながら、中核語彙とその前後の語彙となる。ここで、初めて品詞を議論できることになろう。 「古事記」では使われないと思っていた文字で、この考え方を整理するとこうなる。・・・ ≪讀/ ≪ まず、自分の頭に入ってしまった"常識"の確認から。 [日本語(名詞)] [漢文読み下し] このため、こうあったりすると、この頭で考えることになる。そうかも知れないが、そうでないかも知れないことに気付くことは無い。 [中国語(動詞)] 当然、古文での読みはこれに習うことになる。細かい読み方では、異なる可能性もあるものの。 [古文] 問題はこの先。「古事記」地文もこの手でよいとは限らないからだ。 簡単化すれば3種類の他の読み方が考えられるということになる。間違えてもらってはこまるが、"or"で、色々候補がありますということではなく、読み方はその文で一意的に決まっており、その読み方が色々あるということ。細かい規則があると云えないこともないが、実態はたいしたものではなく動詞言語の基本原則に則っているだけの話。 [倭文] 参考に、讀歌と聞歌の拙訳を。・・・ (名詞読み) 故 此二歌者 讀歌也。 ⇒此の 二歌 …"也"は不可欠で、文末の述語動詞類の語彙に相当する。 (動詞読み) ・・・曰:「聞歌之者一時共斬」 ⇒之を 歌ふを 聞か …"此の歌"では無い。 (C) 2023 RandDManagement.com →HOME |