→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2024.3.11] ■■■
🔰[838]読み方[11]

ほんの一言。・・・高天原の神を、儒教の天帝になぞらえがちだが、「古事記」には垂直型と水平型が同居しているとの説明に便利だからで、お勧めすべき解釈ではない。

正直、見方などいくらでも。
ただ、雑種型の雑炊的信仰であることを示すには簡単で好都合と言うに過ぎない。

正確にいえば、「古事記」に、天帝信仰の息吹を感じさせる所があるかも知れないが、それは非常に薄いと書くべきと思う。星に関する記述が全く見受けられないからだ。その一方で、日・月という天体信仰が存在していることは確かだから、<天>の概念に限れば、天帝-天子に於ける<天>と若干ではあるものの似たところがある。

しかし、<天>から、<原始の海>に矛を挿して掻き混ぜるとか、<地上>に剣を直接落とすことができるのだから、フツーに考えれば、<天>が上空遥かかなたの遠い異界に存在しているとの概念とは異なると言ってもかまわないだろう。ユーラシア北方信仰に於ける<天>とはいささか違うということ。
従って、より親近感ありは、ユーラシア南方信仰だと云えないこともない。南方の山頂に懸かる雲上に世界ありとの観念。そこには雷神が存在し雨を降らすと考えられていて、その異界には先祖零が居るとの信仰は珍しいものではない。

・・・この手の議論は、依拠する情報がすべて断片的なので、正直、どうにでもなる。

<天>と対称をなす異界にも触れておこう。

常世の国が、ほぼ常夜としての冥界であるとか、ニライカナイ的な渡来神の異界と考えることが多いが、島嶼国信仰の場合、遠い昔の故郷の原型を思い浮かべている可能性も高かろう。

黄泉国にしても、情景は殯そのものであり、坂道で到達できる地とされているのだから本来的には地中イメージなど皆無であり、坂という表現だけだから行先は山腹の谷地の可能性も捨てきれない。御陵にしても埋葬は地中というよりは、墳丘上部なのは明らかだし。

「根の国」というのも、「ねこ」という呼称の存在を考えれば、地中というイメージがある訳ではなく、単なる故郷という意味にとれなくもない。そこは父親は不在で母親と姉達から大切に扱われて養育された地ということ。

小生の感覚だと、冥界=黄泉という概念なら、月読命の名称の方が余程関係がありそうに映る。「夜之食國」とは月の満ち欠けにも思えるが、夜見之国を意味してもいそうだし。何の記述も無いから、いくら考えても結論が出る筈もなく、とりあえずは太陰暦(出漁期と農事)を意味するとしておけばよいだろうとしか言いようがなかろう。


 (C) 2024 RandDManagement.com  →HOME