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■■■ 「古事記」解釈 [2024.4.21] ■■■
[865]読み方[35]
「水鏡」は仏教視点での皇統譜の編年型説明に徹し、「古事記」は完璧な仏教排除記録の系譜書であるが、その違いが際立つ初代段と、聖徳太子登場段はまさに圧巻。両者の皇位継承観のスタンスが見えて来て面白い。・・・

「水鏡」はあくまでも即位あっての天皇であるという原則に忠実で、大和朝廷が存在しない"プレ"期を描く気は無い。それが当たり前ということだろう。初代であるから、皇位継承のレガリアと、"秋津嶋"という国の古名については<註>的にふれてはいるが、それだけで事績は一切記載していない。
従って、「水鏡」では、「古事記」中巻の所謂"欠史"は初代から始まることになる。こんな箇所に、仏教観点での云々など全く意味をなさない訳で、段末に≪位に即かせおはしましゝ年ぞ、釋迦佛涅槃にいり給ひて後二百九十年にあたり侍りし。≫とあるのも、宗教とはなんら関係ない記述で、インターナショナルなセンスでの、時代軸上の感覚を獲得できるように配慮した注である。(7代の時点を、同様に、佛滅後700年の旃育迦王による祇園精舍再建時点にあてている。)
数字的には、10代甲申・11代壬辰辺りを絶対年数として仮定し、各天皇の統治年数の合算で出したもののようで、至極合理的推定。太安万侶はここらの統治年数は漢籍から見て2倍暦と見抜いていたようだから、余計なことは一切書いていないが。

"欠史"の次に、どうしても触れたくなるのが、"聖徳太子段"。「古事記」下巻のここら辺りは事績記載無しだから、この名前自体が記載されることはなないが、系譜では、上宮之厩戸豐聰耳命とあるから東宮であったようだが。しかし、「水鏡」では、憲法や官僚制度等々の一大転機が訪れた政治てき画期という雰囲気は全くかき消されており、国史的な律令国への第一歩という時代感覚は皆無である。と言って、蘇我覇権の様子は記載されているから不思議な印象は否めない。ここから推定するに、皇位継承経緯の拝啓を示すことに注力する「古事記」の方針上、事績については一切書かないのが最善という判断になってもおかしくない気はする。仏教曙光の時代というよる、皇位争奪の熾烈な戦いの期間ということで(「水鏡」から想定されるのは、天皇暗殺を示唆したのは、その後の女帝。皇統を自分の血脈に引き寄せる算段だろう。)、事績類を叙事的に描くのに適した材料がなさそうということもあろうし。(インターナショナルな環境を考えれば、聖徳太子は、どう見ても対隋外交の大失敗者。常識的には、即位に同意する雰囲気が失せて当然。ここらは、仏教とは全く関係ない。)

│___「水鏡」___││___「古事記」__│
│_________│┌───㊥🈜─────
│_________││❶�~倭伊波禮毘古命
│_________││○五瀬命
│_________││ ---
│_________││  道臣命・大久米命
│_________││○邇藝速日命
│_________││ ---
│_一_神武天皇__││ 比賣多多良伊須氣余理比賣
│_________││↓ 當藝志美美命
│_________││↓ 兄�~八井耳命・弟�~沼河耳命
│_________│└─────────────
│_________│┌───㊥🈭─────
│_二_綏靖天皇__││❷�~沼河耳命
│_三_安寧天皇__││❸師木津日子玉手見命
│_四_懿�コ天皇__││❹大倭日子鉏友命
│_五_孝昭天皇__││❺御眞津日子訶惠志泥命
│_六_孝安天皇__││❻大倭帶日子國押人命
│_七_孝靈天皇__││❼大倭根子日子賦斗邇命
│_八_孝元天皇__││❽大倭根子日子國玖琉命
│_九_開化天皇__││❾若倭根子日子大毘毘命
│_________│└─────────────
│_________│┌───㊥🈝─────
│_十_崇神天皇__││❿御眞木入日子印惠命
│_________││  …初國之御眞木天皇
│___立齋宮___││ 大毘古命・建沼河別命
│___造船____││
│十一_垂仁天皇__││⓫伊久米伊理毘古伊佐知命
│___皇后・兄__││ 后沙本毘賣・兄沙本比古王
│___皇子五御女_││ 本牟智和氣御子
│___伊勢大神宮_││  多遲摩毛理
│___土人形___││
│十二_景行天皇__││⓬大帶日子淤斯呂和氣天皇
│___武内____││ 小碓命/倭建命
│___熊野行幸__││
│__↓2皇子___││
│十三_成務天皇__││⓭若帶日子天皇
│___武内大臣__││
│十四_仲哀天皇__││⓮帶中日子天皇
│___武内御骨歸京││
│十五_神功皇后__││△大后 息長帶日賣命
│___新羅出征__││  建內宿禰
│___出産@筑紫_││  度幸新羅國
│___武内大臣平定││  伊奢沙和氣大�~
│十六_應神天皇__││⓯品陀和氣命
│___讒言武内大臣││ 宮主 矢河枝比賣
│_________││ 髮長比賣
│_________││ 大山守命
│_________││  百濟國主貢上
│_________││ 天之日矛
│_________││ 秋山之下氷壯夫・春山之霞壯夫
│_________││↓ 大雀命與宇遲能和紀郎子
│_________│└─────────────
│_________│┌───㊦🈜─────
│十七_仁徳天皇__││⑯大雀命
│_________││  /聖帝
│_________││ 石之日賣命
│_________││ �K日賣
│_________││ 八田若郎女
│_________││ 丸邇臣口子
│_________││ 女鳥王・速總別王
│_________││  建內宿禰
│_________││  枯野船
│十八_履中天皇__││⑰[子]伊邪本和氣命
│_________││ 墨江中王
│_________││↓ 伊呂弟水齒別命
│十九_反正天皇__││⑱[弟]水齒別命
│二十_允恭天皇__││⑲[弟]男淺津間若子宿禰命
│_________││  有一長病
│_________││  玖訶瓮
│_________││ 木梨之輕太子・伊呂妹輕大郎女
│廿一_安康天皇__││⑳[御子]穴穗御子
│_________││ 大日下王
│_________││ 目弱王
│_________││↓ 大長谷王子
│_________││↓ 意祁王・袁祁王逃去
│_________│└─────────────
│_________│┌───㊦🈭─────
│廿二_雄略天皇__││㉑大長谷若建命
│_________││ 志幾之大縣主
│_________││ 引田部赤猪子
│_________││ 幸行吉野宮
│_________││ 幸阿岐豆野
│_________││ 葛城之一言主大�~
│_________││ 袁杼比賣
│_________││ 伊勢國之三重婇
│廿三_�C寧天皇__││㉒[御子]白髮大倭根子命
│_________││  志毘臣
│_________││↓ 針間國志自牟之新室 二柱王子
│廿四_飯豐天皇__││ 飯豐王
│廿五_顯宗天皇__││㉓[伊邪本別王御子市邊之押齒王御子]
│_________││    袁祁之石巢別命
│_________││  父王市邊王之御骨
│_________││ 置目老媼
│_________││  斬猪甘老人
│_________││  毀大長谷天皇之御陵
│廿六_仁賢天皇__││㉔[袁祁王兄]意冨祁王
│廿七_武烈天皇__││㉕小長谷若雀命
│_________│└─────────────
│_________│┌───㊦🈝─────
│廿八_繼體天皇__││㉖袁本杼命
│_________││  竺紫君石井
│廿九_安閑天皇__││㉗[御子]廣國押建金日王
│三十_宣化天皇__││㉘[弟]建小廣國押楯命
│卅一_欽明天皇__││㉙[弟]天國押波流岐廣庭天皇
│___↓聖徳太子_││
│ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄││
│_________││
│卅二_敏達天皇__││㉚[御子]沼名倉太玉敷命
│____聖徳太子_││
│卅三_用明天皇__││㉛[弟]橘豐日命
│____聖徳太子_││
│卅四_崇峻天皇__││㉜[弟]長谷部若雀天皇
│____聖徳太子_││
│____蘇我大臣暗殺天皇││
│卅五_推古天皇__││㉝[妹]豐御食炊屋比賣命
│____聖徳太子_│└─────────────
│卅六_______│
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